殺人はアメリカの娯楽だ/『シリアル・ママ』

(初出・『GQ Japan』1994年12月号)
 殺人はアメリカの娯楽だ。
 メネンデス兄弟は前日買った銃を使って両親を射殺し、預金を使い果たして豪遊した。裁判では親に虐待されてやったんだと言い出し、見事無事放免になった。裁判の模様は4大ネットで全米に中継された。ロレーナ・ボビットは夫のちんぽこを包丁でぶった切って裁判にかけられた。視聴率は実に60パーセントに及び、裏番組はすべてブッ飛ばされた。O・J・シンプソン裁判が行われている法廷の前では、Tシャツ売りにバッチ売りが出没し、一日500ドルもの売上げをあげているという。
 結局、みんな殺人が好きなのだ。もちろん、誰もおおやけの場でそれを認めたりはしない。「メディアが暴力への関心を増大させている!」としたり顔で叫ぶだけだ。「……『の金曜日』シリーズへの抗議の声が上がっています。では、次のニュースはニューイングランドでの一家5人斧でめった切りの惨殺事件……」
 そんな偽善をジョン・ウォーターズが見逃すだろうか。アメリカン・カルチャーを裏から見ることを信条にしてきたこの露悪家が? そうとも、ぼくらは殺人が好きだ。殺人犯はもっと好きだ。いつも殺人をケラケラ笑ってる。そろそろ笑える殺人者のヒーロー、いやヒロインが必要なのでは?
 ようこそ、『シリアル・ママ』へ。ビヴァリー・サトピンは、映画史上もっともキュートな連続殺人鬼[シリアル・キラー]である。
 バルチモア郊外に暮らすサトピン家は幸せな家庭だ。ちょっと間抜けだけど立派な歯医者のパパ、ちょっと太り気味だけどかわいい娘、ちょっとホラー・マニアだけど優しい息子。元気なママは家族の幸せを守るべく頑張っている。だが、社会のルールを守らず、一家の平穏を乱そうとする者は数多い。そんな連中を、正義のママが許すわけがないではないか。ゴミの分別をしない奴、テープを巻き戻ししないで返す奴、駐車場で横入りする奴……言ってもわからない連中には、体で教えてやらなくちゃ! ま、ちょっと過激な手段になるかもしれないが……
 血まみれママを演じているのはキャスリーン・ターナーである。『白いドレスの女』の美女も、思えばずいぶん遠くまで来てしまったものだ。しかし、落ち目の性格女優がホラー映画の主役を張るというのはハリウッドではおなじみのことである。ベティ・デイヴィスしかり、ジョーン・クロフォードしかり。この点では、ハリウッドの伝統に忠実だと言うことだってできるかもしれない。
 それを証明するかのように、ホラー・マニアの息子は落ち目になったジョーン・クロフォードが出演したホラー映画を見ている。映画は『血だらけの惨劇』、ギミックの王者ウィリアム・キャッスルの作品だ。『ティングラー』で椅子に電気ショックを仕掛け、『地獄へつづく部屋』で劇場に幽霊を飛ばしたキャッスルにとっては、「映画スターもたんに値のはるギミックに過ぎない」(ジョン・ウォーターズ『クラックポット』より)キャッスルの自伝に寄せた序文で、ジョン・ウォーターズは「ウィリアム・キャッスルの映画から無意識に受けていた影響に驚かされた」と書いている。ハリウッドきってのセックス・シンボルに包丁を握らせ、町を走りまわらせるというアイデアはキャッスル流の「究極のギミック」なのだ。
『シリアル・ママ』はジョン・ウォーターズ映画としてはごくごく一般的だ。なんと言っても主役に好感が持てる(まあ、人殺しではあるが)。全米で若者人気ナンバー1のトーク・ショー・ホステス、リッキー・レイクが出ている(まあ、デブだけど)。主役が犬のフンを食ったり、地獄のような町に行ったりするわけじゃない。これとほぼ同じテーマを扱った『フィーメール・トラブル』に比べれば、はるかにまっとうだ。何よりも緩急自在の演出を見よ。切り返し、ロングにクローズアップというカット割りのタイミングとリズムは、教科書的な見事さである。実際、最近のハリウッド映画で、ここまで”きちんとした”演出を見た記憶はない。だが、ジョン・ウォーターズがハリウッドで一番まともな演出をするなんて、いったいアメリカ映画はどうなってしまったんだ!?
 もちろん、演出やストーリーがストレートな分、お遊びは随所に出ている。『血だらけの惨劇』以外にも、いくつかビデオでお気に入りの映画が登場する。たとえばホラー・マニアの息子がGFと見ているのは『血の祝祭日』。H・G・ルイスの元祖スプラッター映画である。H・G・ルイスは巨乳映画の帝王ラス・メイヤーと並んで、ジョン・ウォーターズのアイドルである。おかげで息子は、教師から「こんな映画が好きだなんで、家庭に問題があるに違いない」なんて言われてしまう。おそらくはウォーターズ本人も、そう言われつづけて成長したんだろう(この教師の運命は、だからウォーターズの復讐なのだ)。
 同じく息子の友人で、頭の中にはセックスしかない少年が見ているのは『ダブル・エージェント』。バスト73インチ(一八五センチ)の爆乳女優チェスティ・モーガンのスパイ・アクションである。ハードコア以前、女性の胸が画面に写るだけでみんなドキドキしてたころに作られたソフトコア・ポルノの珍作である。巨乳もいいが、ここまでデカイとすでに本来の目的を失っている。ふつうはこんなもん見ても立たないと思うね。その他雑誌『ベティ・ペイジズ』、ピーウィー人形、画家ドン・ノッツなど、アメリカ・アンダーグラウンドのキーワードが随所に登場する。ハードコアなマニアへのサービスも忘れないあたりがウォーターズの立派なところだ。
 逮捕されたシリアル・ママだが、裁判では冤罪だと訴えて一気に全米の人気者になってしまう。そんなバカな。だがO・Jを見よ。メネンデス兄弟を見よ。カリカチュアの極みのはずの『シリアル・ママ』は、実はアメリカのもっとも正確なドキュメントなのである。アメリカはとうとうジョン・ウォーターズに追いついてしまった。さあ、モートヴィルにようこそ。

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Kiichiro Yanashita / 柳下毅一郎 / PDE01513@niftyserve.or.jp