ゲイ・セックスの香り

初出。『BRUTUS1994 11/15』
 大木に会ったのは映画館でだった。
 あれはたしか三軒茶屋映劇のクリント・イーストウッド特集三本立てだった。ぼくらは同級生だったけれど、あまり授業で顔を見た記憶はなかった。ぼくは授業に出るよりも映画を見に行く方が忙しかった。大木の方もたぶん似たようなものだったと思う。その後、何回か名画座で出くわして、ぼくらは友達になった。相変わらず授業では滅多に会わなかったが。
 大木が大学を出たあとも、ぼくはまだ学生だった(そう、ぼくの方が卒業するまで一年よけいにかかったのだ)。半年ぶりくらいにばったり会った。何をやってるんだと聞くと、バイトで金を貯めてイメージ・フォーラムの映像研究所に通っていると言う。最初に会ったときから、ほんの少しこっちとずれた時間を生きているような感じの男だと思っていた。会話のタイミング、近づき方と離れ方がどこか微妙なタイミングを保っている。だから、イメージ・フォーラムと聞いたときも、そんなには驚かなかった。話す内容は完全に”イメージ・フォーラムの実験映画作家”になっていて笑ってしまったが。
 次に会ったのは翌年のイメージ・フォーラム・フェスティバルでだった。大木がいきなり審査員特別賞を取ったというので、見に行ったのだ。それが『遊泳禁止』である。 『遊泳禁止』は、手持ちの8ミリ・カメラで撮ったフィルムを、一切手を加えずにつないだものだ。山小屋でのアルバイト風景からはじまり、予定より早く山を降りて海に向かう。途中、田舎町の中学生をつかまえては「オナニーやったことある?」などと尋ね、キャッキャ言って照れ笑いする顔を撮らえる。海辺でオナニーしてみたりもするのだが、どうしても欝屈を振り払うことはできない。最後、海水浴場に向かった大木を待っているのは、暗く曇った空とたなびく《遊泳禁止》の文字だ。
(優れた映画はすべてそうなのかもしれないが)まるでファースト・カットを撮った瞬間に、すでに最後のシーンが決まっていたかのような気さえする。だけどこれはすべて順撮りで、フィルムをそのままつないだものなのだ。撮影者の感情の揺れがそのままフィルム上のストーリーになってゆくのが手にとれるようにわかった。たぶん風を起こし、海水浴場を遊泳禁止にしてしまったのは大木本人だったのだろう。
 しばらくして、今度は大木の作品はゲイ&レズビアン・フィルム・フェスティバルに出品されていた。
 さて、実を言うと、彼のセクシャリティについてはそれまではっきり聞いたことがなかった。『遊泳禁止』を見て、そうなのかもしれない、と思わないでもなかったが。確かめようと思ったことはなかったのだ。だが、こっちが戸惑っているうちに、彼は”日本のリーディング・ゲイ・インディペンデント・フィルムメーカー”として、海外の映画祭に紹介される存在になっていた。高知に移り住み、ますます風来坊らしくなっていった。ときどき、ふと留守電にメッセージが入っている。どこにいるでも、いつ帰るでもなく、「じゃあ、また」だけのメッセージ。まさしく、ぼくとは別の時間に生きているのだという気にさせられたものだ。それがセクシャリティの差だったのかどうかはわからないが。
 さて、大木はその後も何本か映画を作っている。何本も、と言うべきか。今年にはゲイ向けのポルノ映画まで作った。これはゲイの視線とはいかなるものかを教えてくれる希有なフィルムである(『遊泳禁止』で少年たちに向けたキャメラの意味が、今明かされるわけだ!)。大木が視線を向けると何気ない風景が一変する。風のそよぎ、一枚の草がなまめかしく息づく。それは大木裕之の生きている時間、高知の、ゲイ・セックスの、まとわりつく視線の世界なのである。

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Kiichiro Yanashita / 柳下毅一郎 / PDE01513@niftyserve.or.jp