ネクロマンティック


 よく映画を見ているときに「気違いだー」とか「こんなシーン、気が狂ってないと思いつかねーよ」などと言うことがある(もちろん誉め言葉として)。だけど、だからと言ってそこに真の狂気を感じることはめったにない。つまるところ、映画作りはきわめて社会的行為なのだ。狂っている人間はいくらもいるが、自分の狂気をコントロールできる程度、ほどほどに狂うのは難しいのだ。ごく数度、映画を見終わったあと、真の狂気に揺さぶられ、どうにも腹の底がむずかゆい気分になったことがある。たとえば、『ピンク・フラミンゴ』を最初に見たときがそうだった。それは自分とはまったく違う視点で世界を眺めている人間がいるのを教えられることである。
 ごく希な(ジョン・ウォーターズ級の)真の狂人を紹介する。ジョルグ・ブートゴレット。
 すでに彼は欧米では、とりわけホラー・ファンのあいだでは名を知られた存在である。きちんとしたビデオ・リリースもなく、メジャーなメディアには登場しない一介のアンダーグラウンド映画作家にしては驚くべき知名度だ。しかし、日本では今のところまったく無名のままだ。なぜか? これはオリジナルすぎるのだ。いくつかの配給会社にビデオを見せてみたが、反応はみな同じだった。「たしかにこいつはすごい……だけど、こんなすごいものを公開できるわけがないだろう?」
 その映画、ブートゴレットを有名にした長編第一作『ネクロマンティック Nekromantik』は87年に発表された。タイトルからわかるように、これは屍姦モノである。きれいな話ではないが、悪趣味でもない。ブートゴレットはおぞましいディテールはそのままに残しつつ、奇妙に愛情あふれる映画を作りあげた。『ヘンリー』が連続殺人鬼の内面を描いたとすれば、『ネクロマンティック』はネクロフィルの内面を描くものだ。だが、ネクロフィルは連続殺人鬼より、はるかに狂った存在なのだ。そんな存在を、愛情をこめて描けるのは真の狂人だけである。
 映画はドライヴ中のカップルからはじまる。車はすぐに事故を起こして、愛しあうカップルは血まみれのバラバラ。そこへ死体回収業の一行がやってくる。どうやら警察の委託を受けて、現場を掃除する仕事らしい。カメラは中の一人、とりわけ冴えない男を追っていく。男の家にはホルマリンづけになった人体器官がゴロゴロしている。ポケットから本日の収穫を取りだし、ビンづめにする。こいつが本編の主人公、死体愛好家のロブくんである。外では気弱な彼も、家に帰れば立派な男。死体愛好仲間のかわいいGFもいる。
 数日後、ロブは大物を手に入れる。死後数週間の腐敗した死体をまるごと手にいれたのだ。GFベティは死体を愛撫する。テーブルの足を切ると死体の股間に差しこみ、コンドームをかぶせて上にまたがる。悶え歓喜するベティーの姿は多重露光で残像を引き、そこに美しいピアノ音楽がかぶさる。最高にポエティック、そして最高におぞましい。
『ネクロマンティック』はお世辞にもよく出来た映画だとは言えない。なんせ救いがたいまでに低予算のアンダーグラウンド・フィルムである。特撮はチャチだし、演技は稚拙だ。撮影は8ミリ映画とみまごうばかり……と言えば画質の程度もわかるだろう。だけど、そんな技術的つたなさは、ブートゴレットのヴィジョンを伝える邪魔にはならない。逆にこの映画の狂気をきわだたす助けにさえなっている。
 その4年後、ブートゴレットとプロデューサー、マンフレッド・ジェリンスキーのコンビはシリーズ第二弾を作りあげた(このあいだには自殺映画『死の王 Der Todesking』がある)。『ネクロマンティック2』である。
 前作の最後、最高のエクスタシーを求めてハラキリ自殺したロブの墓を、一人の女性が掘り返す。今度の主人公は若く美しい女性のネクロフィル、モニカである。モニカは真の愛を求め、死体と生きているBFのあいだを行き戻りする。
 ヒロインを演じるモニカ・Mの魅力もあって、『ネクロ2』は『1』よりはるかに優しく、愛情あふれる映画になった。映画館でスカウトされた(!)まったくの素人モニカ・Mは一躍スターとなり、映画は大成功をおさめる……はずだった。たぶん、彼女が魅力的すぎ、ネクロフィリアを美しく描きすぎたのだろう。映画は「暴力を賛美している」かどで西独当局から摘発され、上映禁止となった。プロデューサーは現在フィルムを隠し、逃げまわっているとか。
 なお、ブートゴレットは本年新作を完成させた。連続殺人鬼映画『シュラム Schramm』はまだ本国では公開されていない。

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Kiichiro Yanashita / 柳下毅一郎 / PDE01513@niftyserve.or.jp