あなたがすきです、だいすきです
初出『銀星倶楽部 #18』
まず、『あなたがすきです、だいすきです』は日本のゲイ・フィルム史上における革命なのだ、と言わねばなるまい。革命であり、最近のおかま映画ブームなどぶっ飛ばす、真に重要な作品なのだと。だが、ここではゲイ映画史を復習してるヒマもないし、その任にもない。そっちは、いずれあらわれるであろう正しきゲイ映画史家にまかせたい。ぼくにできるのはせいぜいそのための地ならしってとこだろう。
『あなたが好きです』はポルノ映画だ。しかもホモ向けの。ホモ・ポルノというのは奇妙な世界である。想像もつかないほどの数の客がいるが、そのひとりも映画を見ていない。映画館に集まる人たちは、上映されている映画よりも見に来ている客の方に興味を持っていたりする。外にまで客があふれているのに客席がガラガラだったりするのも珍しいことじゃない。
ヘテロ向けポルノ以上にシビアな製作条件、俳優も監督もヘテロ・ポルノからの出稼ぎ……そんな状態では、ゲイを興奮させられるポルノなど、なかなか生まれてはこない。だからこそ、そんな中にあって、『あなたがすきです』は革命的作品なのである。
『あなたがすきです』は全編を高知ロケーションで撮影している。これだけですでにホモ・ポルノにしては空前の規模なのだが、さらにカメラが外に飛びだし、街頭撮影がかなりの部分を占めるというアナーキーさ。16ミリの手持ちカメラで監督・撮影・編集をすべておこなったのは大木裕之である。
大木裕之は高知で8ミリ映画を撮りつづける自主映画作家である。初の商業映画、もちろんこんな大きな規模での撮影自体はじめてのことだ。彼を監督として起用するのは製作会社・ENKにとってもかなりの冒険だったはず。だがそのおかげで、日本ではじめてのゲイ映画作家がゲイに向けて作ったゲイ映画が生まれたのだ。
ストーリーはとりたてて語るほどのものではない。同棲中のカップルの片割れがいつも路面電車で見かける男に恋をする。恋する少年は思わず彼に「あなたが好きです」と告白するが……といった具合。だが、これはフォーミュラ・ポルノではない。フォーミュラ・ポルノとは(作り手はどう考えていようと)エロティックにはなりがたいものなのだ。だが『あなたがすきです』は、徹頭徹尾、ときに息苦しくなるほどに、エロティックなのである。
たとえば、告白したことを恋人から告白された少年が(なんともわかりにくいが、男しか出てこないんだから仕方あるまい)、あちこちをさまよい歩くシーンがある。コンビニの前で中学生のグループをつかまえた少年は、中学生たちに聞く。「もし彼女がいてさあ、彼女が他の男に『大好きだ』って告白したりしたらどうする?」笑いながら口々に「ぶっころす!」などと叫ぶ子供たち。もちろん、中学生はロケの現場でつかまえた本物の中学生であり、このやりとりは即興だ(それにしても、まさかこんな映画に使われるシーンだとは思わなかったろうね)。少人数の撮影スタッフ(キャメラもまわす監督と録音だけの撮影クルーだ)でなければ不可能だった内密さが醸しだされ、少年たちのヴィヴィッドな反応がフィルムにとらえられる。無意識のエロティシズム。それこそ大木の8ミリ映画を有名にしたものだし、だからこれはまちがいなくセックス・フィルムなのだ。
たとえば、乏しい予算にもかかわらず、あくまでもこだわったという高知ロケ。初夏の高知の空気が画面に焼きこまれる。カップルの片割れが働きにいく魚市場のシーンがある。陸揚げされた魚を転がすと、汗と潮の臭いが画面にたちこめる。この一瞬だけの生を、身体にまといつくような濃密な南国の空気が伝える。むせかえるような空気。それこそがゲイたちが交わしあう、まといつくような濃密な視線の交差なのである。『あなたがすきです』が上映される映画館で交わされあう視線、それをとらえたフィルムはかつてなかった。その意味で『あなたがすきです』は正しくゲイ・フィルムであり、ゲイ・ポルノであり、セックス・フィルムに成り得ているのだ。
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Kiichiro Yanashita / 柳下毅一郎 / PDE01513@niftyserve.or.jp