(初出:『漫画アクション』2004年6月18日号)
80年代末期にAVデビューした林由美香はハードな絡みをこなす美少女AVギャルとして人気だった。ロリータ系の美貌のおかげでアイドル的な人気を博していたのだが、あるいはAVアイドルの走りだったのかもしれない。だがAV嬢の寿命は短い。たちまちのうちにピークを過ぎた林由美香だったが、そこで奇跡的な傑作に出会うことになる。1997年の『由美香』である。平野勝之監督と二人で北海道まで自転車不倫旅行に出かける奇跡のロードムービーで、林由美香は大いに健在ぶりをアピールした。平野の空回り気味のパッションを時に受け止める包容力、そして時に鮮やかに切り返すたくましさ。林由美香はあいかわらず可愛らしく、美しく、強かった。
99年にはNHK大阪製作のハイビジョン・ドラマ『日曜日は終わらない』(水橋研二主演)に実質的ヒロインとして登場している。映画は高く評価され、カンヌ映画祭に正式出品されている。AV女優がNHK製作のドラマに出演し、カンヌにまで招かれたのである。タレントとしてでもAVでもなく、ただ女優としてだ。
現在、女優・林由美香は主としてピンク映画の中で見ることができる。
ピンク映画はきわめて特異な世界である。現在唯一のプログラムピクチャーとして定期的に製作され続けているものの、実物を見ている人はほんのわずかしかいない。若者の性的娯楽の地位をAVに奪われ、一人でAVを見ることもできない熟年層のみがひっそりと通う場所になっている。昭和の香り色濃いさびれた映画館はただ老朽化して取り壊されるまでの時間を過ごしているだけである。そうした映画館で上映される作品は、ほとんどの場合ビデオ化もされず、一般劇場で上映されることはさらになく、ひっそりと消えてゆく。よほどの好事家でないかぎりは存在すら知らないかもしれない。だがそれはまちがいなく映画なのだ。
現在、林由美香はピンク映画界でもっとも忙しい女優の一人である。いくつになっても軽さを失わない林由美香はシリアスな役からコミック・リリーフまで、なんでもこなせる名バイプレーヤーでもあり、毎年十本以上の作品に出演しつづけている。つまり、ほぼ毎月のように新作が上映されているのだ。旧作の再上映も含めれば、ほとんど毎日どこかで出演作を上映していることになる。ある日思いついて映画を見に出かければ出演作が見られるのだ。今、そんな女優が他にいるだろうか? しかも彼女の出演作は劇場でしか見られないのであり、その状態が10年以上続いているのだ。まさに最後の映画女優と呼ぶべきではないか。
林由美香の最新作は『熟女・発情 タマしゃぶり』(『たまもの』)。日本映画の次代を担う天才と言われ続けて久しいいまおかしんじ監督で久しぶりの主演作である。彼女が演じるのは今時流行らないプロボウラー志願の少女……と呼ぶには少々無理があるお年頃である。化粧っけもなく、ボサボサの髪にダブダブのセーターを着ている。内気で無口な少女はたまたま出会った郵便局員に恋をする。少女は喋らない分、全身で愛情を表現する。毎日手料理でお弁当を作っては届け、全身でうなずき、すべての神経を注いで彼を見つめる。まるで犬のように相手の後をついていき、砂浜で一人はしゃいでコケたりもしてみる。いわば「不思議少女」ものなのである。若さにすらすがれない孤独な少女のいじらしさと悲しさを、林由美香は(言葉の助けを借りることなく)見事に演じてみせる。
かつてAVデビューしたころも、若き林由美香は「美少女AVギャル」として、フリフリのドレスを着たイメージ・ショットを撮られたりしていたものだった。それから15年もたっても、林由美香は何も変わっていない。変わったとしたら、昔よりも若々しく、美しくなったというくらいだ。新陳代謝の早いこの業界で、林由美香が息の長い活躍を続けてこられたのは、ただ美貌だけでなくたしかな知性と演技力を身につけるセンスがあったからである。あいかわらず軽やかに演じつづける彼女の姿を、見ずにおく理由はないよ。
Kiichiro Yanashita / 柳下毅一郎 / kiichiro.yanashita@nifty.com