初出:『ストレンジ・デイズ』劇場用パンフレット
名前こそイカ[スクィド]だが格好はムカデ。こいつを最初に発明したのはウィリアム・ギブスンである。短編「記憶屋ジョニイ」(『JM』ではない)に登場する超電導量子干渉計[スーパーコンダクティング・クオンタム・インターフィーランス・ディテクタ]は、遠隔操作で磁場を計測する機械である。他人の頭の磁場を計測することで、その中にある思考を読み取る仕掛けだ。こんなものが世間に流通したらもう大騒ぎ、したがってギブスンの世界でも軍事使用のみ許されたきわめつけの非合法グッズになっている。さて、しかし『ストレンジ・デイズ』に登場するのは、名前こそ同じでも機能はまるで違うスクィドだ。
スクィドは脳の電磁波活動をキャッチし、それをリモートで光ディスクに送信する。ディスクの記録を再生すると、他人の記憶が甦る。いや、ただの記憶ではない。スクィドはその人の目に写ったすべてのもの、耳で聞いたすべての音、鼻で嗅いだすべての臭いを記録する。その瞬間の感情の高まり、興奮と絶望を記録する。スクィドの中では、経験が以前とまったく同じかたちで再現される。スクィドは他人の頭に同居し、他人の目でものを見るデバイスなのだ。経験を共有させるデバイスなのだ。
応用法は無限に考えられる。たとえばスポーツの練習用。これ以上に優れた教授法は考えられまい。身障者のリハビリ用。あるいはエンターテイメントとして。F1レーサーの主観ディスクなら、かなりの値段がつくのでは? だが、そうした“ポジティヴ”な使用法はとりあえず問題にならない。『ストレンジ・デイズ』では、スクィドははるかにダークで、はるかに人間の本性に忠実なかたちで使われる。
これまでも、ニューメディアの普及にはポルノがつきものだった。映画が誕生すると同時にブルー・フィルムも生まれた。ビデオが普及したのはポルノを家で見るためである。そして無修正版の『プレイボーイ』が見られなかったなら、爆発的なインターネット・ブームは来なかったろう。バカバカしいと言ってはいけない。メディアはつねに人間の最大の興味を映し出す。ニューメディアはセックスと死によって広がるのだ。
我らがヒーロー、レニーは非合法のスクィド・ソフトの運び屋である。このうえない快楽を求める男に乱交パーティのディスクを届け、スリルが欲しい客にはレストラン強盗の有り様を売りつける。彼は夢の運び手(レニーはそう思っている)、電子のポン引きだ(他人はこう考えている)。スクィドは最高のポルノを提供する。性病の心配なんかしないで最高の女を抱けるし、男になるのも女になるのも思いのまま。当然ながら、レニーは客には不自由しない。それだけではない。スクィドは、これまでのメディアには決して真似られないことをやってのける。人間には一度きりしか味わえないはずの体験、死ぬ瞬間のスリルまでもが追体験できるのだ。
ところで、これほどの可能性を持つメディアにもかかわらず、レニーがはまっているのはポルノでもスナッフ(死の映像)でもない。彼を魅了するのは過去である。暇を見つけては過去に自分が記録したディスクを再生し、自分の元を去った恋人フェイスとの愛の日々を甦らせている。面と向かってフェイスに拒絶され、嘲罵されても、甘い過去にしがみつくのをやめようとしない。
なんだろう、これは?
ほぼ同じ仕掛けを持つ小道具が最近のSF小説にも登場している。ダン・シモンズの「フラッシュバック」(『愛死』収録)には、文字どおり記憶をフラッシュバックさせるドラッグが登場する。“フラッシュバック”が蔓延した米国では誰も未来のことなど気にせず、国は悪くなる一方だ。辛いリアルタイムから逃れるため、自分の最愛の過去を再生して、その中に生きようとする。英国人作家ジェフ・ヌーンが書いた『ヴァート』にも、謎めいたヴァーチャル・リアリティ・ドラッグが登場する。ドラッグによってさまざまな世界にトリップするヴァート・ヘッドが、最後にたどりつくのは甘く優しく美化された過去に連れていってくれるヴァートだ。タフだったはずの男もヴァートにとりつかれ、一日中甘ったるい過去をプレイバックしているばかりだ。
これは偶然ではありえまい。なぜこうも過去をフラッシュバックするのが流行るのか。ダン・シモンズは「国全体が未来を担保にして過去の夢にばかりふけっていたレーガン時代をいまだ完全には脱却していないわれわれにとって、フラッシュバック中毒は単なるお伽話ではないのかもしれない」と書いている。しかし音楽でも、ファッションでも、過去をフラッシュバックするだけなのはアメリカばかりではない。レニーの病気は全世界的なものだ。このレトロ・ヘルから抜け出す道はあるのか?
映画の中でレニーを救いだすのは(より正確には頬っぺたをひっぱたいて目を覚まさせるのは)黒人女メイスである。筋肉ムキムキの女性がオタク野郎を叱咤激励する、というあたりがキャメロン/ビグロー映画ならではだ。機械に溺れた真綿で首を絞めるような優しい死と、メイス=アンジェラ・バセットの見事な肉体美。あの肉体によってのみ、レニーは救われ得るのだ。さてキャメロン/ビグローはこうして過去から未来を救うのだが、ぼくらには救いの肉体は訪れるのだろうか。