J・G・バラード インタビュー
(初出『エスクワイア』97年2月号)
カンヌ映画祭の記者会見で、J・G・バラードは「サリンジャーやトマス・ピンチョンに匹敵する、大西洋のこちら側でもっとも隠者的作家」と紹介された。いくらなんでもそんなことはなかろう。バラードなら写真くらいはでまわっている。だが、バラードがそうした例えを許すほど謎めいた作家なのは事実だ。なんといっても『クラッシュ』では主人公バラードが自動車事故による情死を夢見、自伝的作品『女たちのやさしさ』では、出会う女性と片っ端から性的接触を試みるといった具合。いったいどんな生活をしているのだ、この男は? しかしその実、バラードは田舎町シェパートンでひっそりと隠棲している。ときおり「裏庭に核ミサイルを置きたい」などと不穏な発言をすることはあるが。
バラードが『クラッシュ』を書いたのは1973年のことである。それから20年後に映画化がなり、カンヌに出向くことになったわけだ。
「73年に発表したときには、とてもではないが映画化など考えられなかった。イギリスやアメリカでは、これは……ひどく危険な小説だと考えられた。サドを映画化しようとするようなものだろう」
映画化まで20年間待たされたのも、機が熟したということだろう。今『クラッシュ』はごく普通の小説のように読める。20年前にはSFだったかもしれないが、これは今、ここで起こっていることを書いた小説だ。かつてSFの革新者だったバラードが(書いている小説自体は変わらないのに)いつの間にか主流文学作家になっていたように、現実がバラード小説に近づいてきた。彼は『クラッシュ』の序文で「SFに現代性を取り戻さねばならない」と主張している。
「そう、『クラッシュ』のメッセージは、20年前より今のほうがはるかにリアルだ。自動車文化はより身近なものになった。西欧では、60年代から自動車カルチャーが現代的なかたちをとりはじめた。そのときから、本当の意味での大衆の自動車体験がはじまったのだ。洗車や高層駐車場、高速道を突っ走る、といったようなことだよ。だから、73年にはひどく奇妙な体験に思われたことが、誰もが理解できるようになった。車に乗れば誰でも、攻撃性や死の恐怖を経験する」
人間はテクノロジーに汚染されている。それが〈テクノロジー三部作〉(『コンクリートの島』、『ハイ・ライズ』、『クラッシュ』)のテーマだった。しかし、なぜそのオブセッションがセックスを通じて表現されるのか?
「特に若い男性のドライバーは、非常に攻撃的な運転をする。女性ドライバーに追い越されるのが我慢できなかったりする。一種の性的挑戦を感じるからだ。そしてもちろん、若い男性にとってはセクシャリティと攻撃性とはわかちがたい。車は男性の性的能力のシンボルだ。車の運転には、性的能力と男性の攻撃性のオブセッションが結びついている。
自動車は20世紀社会の心理学に大きな地位を占める存在だ。運転によって、他の人間に対する生殺与奪の権を、この手に握れる。ハンドルを握れば、一瞬のうちに時速200キロまで加速する。それが暴力的行動に結びつくわけだ。こんな経験は、われわれの生活では他にない」
バラードはきわめて真剣に警告を発する。小説における不道徳さ(というよりはむしろ非道徳さ)に慣れ親しんでいると、バラード本人の生真面目さは意外にさえ感じられる。
「われわれの生活はますますテクノロジーに支配されつつある。家でも、オフィスでも、学校でも、工場でも……ますます進んだテクノロジーに取り囲まれていく。われわれは現代テクノロジーの囚人なのだ。車は、ただそこに存在するだけで、われわれを煽りたてる。『もっと早く、もっと早く運転するんだ』とね。これは他のテクノロジーについてもあてはまる。誰もが健康にとりつかれている。薬を飲み、エクササイズをし、歯を治し整形をして髪を……現代テクノロジーが可能にしてくれた変身にとりつかれているんだ。気をつけなければ、われわれは自分自身が作り出したテクノロジーの奴隷になってしまうだろう」
ところで、映画に対する執着は『クラッシュ』のテーマのひとつである。中心的キャラクターのヴォーンはエリザベス・テイラーと正面衝突して死ぬことを夢見ている。夢の土地カンヌへ来て、そのオブセッションは確認されたのだろうか。
「ここの興奮を見て、あらためて映画こそが20世紀を支配する存在だと確信したよ。わたしが(小説の中で)エリザベス・テイラーを追いかけたのは、彼女が最後のハリウッド・スターだからだ。今の女優たちは別の種類の生き物だと思う。俳優であってスターじゃないんだ。かつてのハリウッド・スターたちはすさまじい……無意識へ訴えかける力を持っていた。今の映画俳優たちとは違う。それはいつまでも変わらないだろうね」
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Kiichiro Yanashita / 柳下毅一郎 / yanasita@gol.com