『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』

(初出『エスクァイア』99年12月号)


『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』は歴史的作品である。何が? その収益率が、だ。製作費四万ドルで作られた自主製作映画は九月五日までに一億三千万ドルの興収を挙げている。まちがいなく史上最高だろう。普通では考えられない数字である。何がこんなメガ・ヒットを産んだのか。

『ブレア・ウィッチ』についてまず言われるのはコンセプト作りの巧みさである。この映画で観客が見せられるのは断片だけだ。三人の映画学科の学生が十六ミリのカメラを持って魔女伝説があると伝えられる森に入っていく。学生たちはドキュメンタリー映画を作るつもりだった。だが三人はそのまま消息を断ち、やがて撮影済みのフィルムとビデオだけが発見される。それを編集したのが『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』なのだという。これならば有名スターが出ていなくとも、セットや特殊効果に金がかかっていなくとも許される。いや、実際その方が迫真性が増そうというものだ。誰も知らない役者だからこそ、本当に起きたことかもしれない、本当に起きていてもおかしくない、と思える。映画は口コミで伝えられ、都市伝説のように広がっていった。当初二十七館だった上映館が全米千百スクリーンにまで拡大していく過程から噂の伝搬スピードも推定できるだろう。

『ブレア・ウィッチ』は断片だけの映画である。魔女伝説についても、三人を襲う怪物についても、その全体像はわからない。最後に登場してすべての謎を解明してくれる科学者もいないし、魔女が怨念のよってきたるところをとうとうと説明してくれるわけでもない。三人の学生と同じように、観客もまた象を撫でる盲人の立場に置かれる。自主製作映画でなければ、こんな作り方は許されなかっただろう。およそハリウッド的なストーリーテリングに反しているからだ。

 だが、実際のところ、現実とはそういうものではないのか? 残念ながら世界はハリウッドが語るようには出来ていない(そうだったらどんなにいいことか!)。世界征服を狙う悪漢もいなければ正義の味方もおらず、はっきりした原因も因果も結末もないまま事件はだらだらとつづいていく。近くにいればいるほど事件の全体像は見えず、闇夜を右往左往するばかり。その、先の見えない闇に踏みこんでいく感覚こそ『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』が伝えてくれるものである。

『ブレア・ウィッチ』最大の観客は高校生だという。たしかに『十三日の金曜日』以来、ホラーといえばティーンエイジャーのものと相場が決まっている。だが、『ブレア・ウィッチ』は単純なデート・ムービーとして見られているわけではない。ここでは恐怖は実存的であり、その恐怖にもっともよく反応するのがティーンエイジャーだからなのだ。自分の存在そのものが不確実なときには、日常に闇がひそんでいることも容易に信じられる。そのとき、裏山の魔女は牙を剥いて襲いかかるのだ。


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Kiichiro Yanashita / 柳下毅一郎 / yanasita@gol.com