『スネーク・アイズ』

(初出『エスクワイア』99年3月号)


 ブライアン・デ・パルマの映画は、まず何よりも−−ヒッチコック趣味よりも、映像トリックよりも−−敗北者の映画である。デ・パルマの主人公は負ける男だ。『ファントム・オブ・パラダイス』では主人公ウィンスロウ・リーチは恋人を失い、顔をなくし、自分の書いた曲さえも奪われてしまう。『フューリー』のカーク・ダグラスはテレパシスト少女を救いそこなう。『ミッドナイト・クロス』のジョン・トラヴォルタが考案した盗聴仕掛けはなんの役にも立たず、ナンシー・アレンは無惨に殺される。トラヴォルタがアレンを救おうと走るシーンは「グリフィス最後の救出」ばりのカットバックなのだが、トラヴォルタは肝心なところで間に合わないのである! これはサスペンスではない(『フューリー』でも、スローモーションでとことんクライマックスを引き延ばしておいて、やはりダグラスの手の中で少女は死ぬ)。なんの救いもなく負けること、それがデ・パルマにとって最高のカタルシスなのだ。

『スネーク・アイズ』は記念すべきデ・パルマのカムバック作である。久しぶりに彼は敗北者の映画を作れたのだ。

 リック・サントロ(ニコラス・ケイジ)は賭博の町アトランティック・シティの汚職警官である。愛人を囲う金のためにノミ屋を締めあげて上がりをせしめる。正義など考えたこともなく、ただボロい商売だから警官をやっている。そんな彼に千載一遇のチャンスが降ってくる。ボクシングの世界ヘビー級タイトルマッチの最中、観戦にやってきた国防長官が暗殺されたのだ。リングサイドで見ていたサントロは、さっそく捜査の指揮をかって出る。あわよくば名前を売って一儲け、の算段である。だが、やがて事件は彼が思っていたほど単純なものではないと判明する……

 サントロは悪党としても大したことはない。自分ではいっぱしの大物のつもりなのだが、実際には小悪党の上前をはねるのがせいいっぱい。いざ暗殺事件にひそむ陰謀を知り、本当の巨悪を眼前にするとそこですくみあがってしまうのだ(サントロはいつもアロハ・シャツ姿なのだが、こうしたチンピラ役を演じさせるとニコラス・ケイジほどはまる役者もいない)。この軽薄で無能な卑怯者がヒーローとなる? いや、そんなデ・パルマ的人物が勝つはずはない。サントロはもちろん敗北する。

 ひょんなことから陰謀の真相を知らされたサントロは、思わず自分が救わなければならない相手を難じる。「どうして俺にそんなことを教えるんだ! 俺はそんなことは知りたくなかったのに! そんなことは知らないままでいたかったのに!」と。嫌々ながらヒーローの役を押しつけられた彼は、もちろん手ひどく痛めつけられ、裏切られ、最後には追いつめられて救うべき者を裏切る。『スネーク・アイズ』は90年代の『ミッドナイト・クロス』なのである。残念ながら今は90年代なので、機械仕掛けの神[デウス・エクス・マキナ]が介入して、後味もいくらかマシになっているが。


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Kiichiro Yanashita / 柳下毅一郎 / yanasita@gol.com