(初出『エスクワイア』98年11月号)
ウディ・アレンの新作『地球は女で回ってる』の主人公ハリーにとっては芸術と人生とはふたつにしてひとつである。ハリーはベストセラーを連発する人気作家だが、その小説では自分の過去の女性関係をほとんど脚色せずに暴露している。おかげで離婚においこまれた不倫相手の義妹は拳銃片手に乗り込んでくる始末。手当たり次第相手かまわずに手を出す女好きが災いして三度の結婚はいずれも長続きせず、今は一人無聊を託つ日々だ。そんな彼の話し相手は自作の登場人物たち。実際の知人をモデルに作りあげたキャラクターと語りあいながら、自分の人生(と芸術)を振りかえっていく……
たまたま同時期に公開されるウディ・アレンのヨーロッパ・ジャズ・ツアーを追いかけたドキュメンタリー、『ワイルド・マン・ブルース』の中で、アレンがフェリーニへの傾倒ぶりをあらわにしていることを思えば、「アレン版『81/2』」と呼ばれたのも不思議ではないだろう。それほどあからさまに、これはアレンの自伝的作品である。女癖が悪くてすぐ浮気をし、ばれるとせこい言い訳をしてさらに墓穴を掘る往生際の悪い性格破綻者。それがアレンの自己評定である。そして、そのポートレートはまったくもって正確なのだ。実際、ハリーが精神科医だった二番目の妻の患者に手を出し、「よりによってあたしの患者と寝るなんて!」と激怒させる場面など、アレンの人生そのものだろう。ミア・ファーローは「よりによってあたしの娘に手を出すなんて!」と怒ったに違いない。
さて、だがそれだけなら特筆すべきことでもない。アレンは今までも自分の分身であるエゴイスティックで小心者のユダヤ人を哀感たっぷりに演じていたではないか。なぜ今回は特別なのか。『ワイルド・マン・ブルース』にその答えがある。
ドキュメンタリー映画に写し出されるアレンは、バンド仲間にもねぎらいの言葉ひとつかけず、賞をもらえば無意味だと毒づき、豪華ホテルに泊まれば「実験台だ」と文句を言う。口からは皮肉しか出てこないひねくれ者なのだ。スンイーに向かって「韓国でゴミ箱漁ってた子供がこんな立派なホテルに泊まってるんだからねえ」と言うアレンは、ハリー以上に悪質な性格破綻者である。おそらくアレンは自分のパブリック・イメージと戯れてみせたつもりなのだろう。だが、『地球は女でまわっている』のハリーなど、実際のアレンに比べれば何ほどのものでもない。ハリーは自作のキャラクターから(ということは、もちろん言うまでもなく自分自身から)「あなたは性格破綻だけど、文才だけはあるわ」と慰められる。アレンもそう言ってほしかったのだろうが、残念ながらことアレンに限っては、現実の方がはるかに芸術よりおもしろいのだ。