『エアフォース・ワン』
(初出『エスクワイア』98年1月号)
すっかりデクノボウぶりが板についたハリソン・フォードを見るたびに、この人は生まれてくる時代を間違ったんじゃないかと思う。ヒッチコックにでも使ってもらえれば傑作を残せたかもしれないが。しかし今の時代、彼はただの無能の人だ。
ハリソン・フォードはもともとあまり演技しない役者だった。巻き込まれ型ヒーローばかり振られていたという事実はあるが、それが原因なのか結果なのかはよくわからない。いずれにしてもトラブルに巻き込まれ、訳の分からないままひたすら困惑しているうちに事件が終わってしまう。驚いた顔をしているだけで映画が終わってしまうのだ。にもかかわらず何もしなければしないほど彼はスターとしてもてはやされる。
こちらのそんな感慨にはおかまいなしに、びっくり顔のままフォードは大統領になってしまった。そのフォード大統領は旧ソ連カザフスタンに特殊部隊を送りこみ、大量虐殺をおこなった独裁者を逮捕する。だがその独裁者こそが旧ソ連の栄光を取り戻す英雄だと信じる狂信者たちは、ロシアから帰途につく大統領専用機エアフォース・ワンを乗っ取り、大統領と随行員を人質にとって独裁者を釈放させようとするのだ。見事エアジャックは成功するが、ホワイトハウスで状況を知った政府のメンバーは言う。「大統領が一人? それなら大丈夫だ。あの人はヴェトナム戦争の英雄だから、なんとかしてくれるだろう」
というわけでテロリストを素手でぶち殺す大統領、という世にも珍妙な場面が展開する。やはり今の時代、大統領も闘えなきゃならないのか。
近頃やたらと大統領の登場するハリウッド映画が多い。イーストウッドの『目撃』では大統領が自分の手で浮気相手をぶち殺すし、『インデペンデンス・デイ』ではみずから戦闘機の操縦桿を握る。一方、『マーズ・アタック』の大統領はスーツの柄と次の選挙のことしか気にせず、地球の危機などかえりみない。
浮気スキャンダルを必死でもみ消そうとし、口先だけは達者だが中身は空っぽの大統領。これが誰のことを指しているかは言うまでもなかろう。そして、その大統領がハリウッドから圧倒的支持を受けていたことも。どうもリベラルなハリウッド人たちにとっては、自分たちの支援で偽物を権力の座に押しあげてしまったのがトラウマになっているようだ。心の傷を解消しようとして訴える理想の大統領像。それは兵役逃れをせず、ヴェトナムで英雄になっている強い大統領である。その願望と、シニカルな現実のあいだでハリウッドは引き裂かれているる。分裂して歯止めをなくした願望はひたすら暴走するく。その成れの果てがティーンエイジの娘と美しい妻のため、テロリストと素手で闘う大統領なのだ。
だが、こうして笑っていられるのも今だけかもしれない。レーガンのことを思えば、いや、デクノボウの格でいけば、フォード大統領が実際に誕生してもぼくは驚かないよ。
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Kiichiro Yanashita / 柳下毅一郎
/ yanasita@gol.com