『LAコンフィデンシャル』
(初出『エスクワイア』97年12月号)
あまりに誇張されすぎていて、セルフ・パロディの域に達してしまっているスターがいる。セックス・シンボルと呼ばれるような存在はみなその口だ。メイ・ウェストの名セリフも(「ポケットに銃が入ってるの?」)、モンロー・ウォークも、あまりにたやすくパロディになってしまう。危険なほどセルフ・パロディに近いのだ。セルフ・パロディとのあいだでくりひろげるスリリングな綱渡りが、彼らを特別なものにしているのだ。
ハリウッドの黄金時代は過去のものになってしまったが、そうした存在が絶滅してしまったわけではない。もちろんかつてのように王道を貫くわけにはいかない。薄っぺらな俳優ばかりが徘徊し、深みのかけらもない映画ばかりが作られるようになった今のハリウッドでは、それは望むべくもない。だが、二流には二流なりのやり方というものがある。
キム・ベイシンガーは笑ってしまうくらい見事に白痴ブロンドを体現している。容姿は完璧なピンナップ・ガール、演技は完全な大根。映画の中で動いているよりも、雑誌でセミヌードを披露している方が魅力的なくらいだ。代表作と言える映画がない(ちゃんとヒットしているのは『ナインハーフ』くらいか)のに、なぜかハリウッドのトップ女優でいられるのは、すでに白痴ブロンドのイメージが一人歩きしてしまっているからだろう。そして自分でもそのイメージに意識的で、笑い飛ばす余裕を持っているからだ。実際「オナペットナンバー1」とコケにされた『ウェインズ・ワールド』に絵に描いたようなファム・ファタル役で登場しているくらいだ。
『LAコンフィデンシャル』でベイシンガーが演じるのはヴェロニカ・レイクそっくりの娼婦である。ラナ・ターナーでもジェイン・マンスフィールドでもなくヴェロニカ・レイク。彼女もまた、作品は残していないが、その名前だけは残っている女優だ。「五十年代のモノクロ二流ノワールの中で男を破滅させるファム・ファタル」それがヴェロニカ・レイクである。もちろん、ここで彼女が選ばれているのは意識的な仕掛けだ。原作者ジェイムズ・エルロイのメッセージである。
九十年代を代表する暗黒小説『LAコンフィデンシャル』で、エルロイはLAを作りあげた夢を解剖せんとした。血と精液まみれの夢の象徴として選ばれたのがヴェロニカ・レイクだったのだ。作品が残らず、イメージだけが生きている彼女こそ、暗黒小説のハリウッドとの接点にふさわしい神話的存在だからだ。
ベイシンガーは特にヴェロニカ・レイクに似ているわけでもない。考えてみれば当たり前で、これは「ヴェロニカ・レイクに{似ている}娼婦」なのだ。ベイシンガーにはそんな雰囲気だけはたっぷりある。男優陣がクソ真面目に演技してみせ、そのせいで偽物っぽさが際立つのに対し、最初から偽物くさい彼女だけは自然だ。九十年代にフィルム・ノワールを作るというどうしようもない軽さを、ベイシンガーは体得しているのだ。
back to INDEX Esq INDEX
Kiichiro Yanashita / 柳下毅一郎 / yanasita@gol.com