『世界中がアイ・ラヴ・ユー』
(初出『エスクワイア』97年11月号)
今映画を作っているアーティストたちが、もし映画監督になっていなかったら何をやっているだろうか? 人生の歯車がどこかひとつ狂って、今あるようにならなかったなら?
デヴィッド・クローネンバーグは作家になるだろう。文学的なSF作家として、一部に熱狂的な支持を集めるはずだ。デヴィッド・リンチもティム・バートンも画家だ。コッポラなら自営業。残念ながら経営の才覚に欠けた経営者だが。マーティン・スコセッシは……スコセッシはどんなことをしても映画を作るだろう。邪魔する人間は殺してでも。
ウディ・アレンはもちろん精神科に通って長椅子に寝ている。
アレンの映画はまるで精神科で治療のためにするロール・プレイのようである。毎回きまったアンサンブル役者を使って、自分の人生の一断面を演じさせる。かつてはダイアン・キートン相手に都市生活するインテリの苦悩を訴え、彼女と別れたあとはミア・ファーロウをヒロインに。やがて女子大生と浮気する映画を作ったと思ったら、すかさずファーロウの養女をコマシていた。インテリの憂鬱を自嘲気味に笑い飛ばし、その裏からかすかに本人の臭みがただよってくる。アレン映画の魅力は良くも悪くもそういうものだ。
ところが、どうも最近は様子が違う。最新作、『世界中がアイ・ラヴ・ユー』はNYに住むヤッピー弁護士一家の恋模様を描いたラブコメである。前妻・前夫のあいだに出来た子供も合わせて四人姉妹の惚れたのはれたのが展開する。アレン自身は主人公の父で、夫婦の前夫という役どころで登場する。ヴェネツィアの街角で出会った美女に一目惚れして、落とそうと四苦八苦。
それだけならどうということはないのだが、この映画はミュージカルである。登場人物はみな歌って踊る! ドリュー・バリモアが、ティム・ロスが、ジュリア・ロバーツが、そしてウディ・アレンが歌う! こればかりは実物を見ないかぎりとても信じられまい。実際、バリモアやウディ・アレンの歌はかなり破壊的で、フレッド・アステアは墓の中で身悶えしているだろう(アレンはよほど小声でつぶやくように歌ったらしく、マイクは息つぎまでひろっている)。
たいそう不思議なのだが、アレンはすっかりこれに満足しているように見える。楽しそうにジュリア・ロバーツ相手のドタバタを演じ、前妻(ダイアン・キートンの役どころ)と嬉しそうにダンスを踊っている。これが自分に突っ込みを入れるのを最大の武器にしていた人間だろうか。この、空虚なほどの明るさの中心にはいったい何が?
それはきっと「ミア・ファーロウの不在」だろう。その空っぽの中心が埋まらないかぎり、アレンは虚しく騒ぎつづけるしかないのだ。ああ、ファーロウには是非あらゆる恩讐を乗り越え、アレン映画に復帰してほしいものだ。そのときいったい、アレンはどんな映画を作ることになるんだろうか。
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Kiichiro Yanashita / 柳下毅一郎 / yanasita@gol.com