『ロスト・ハイウェイ』
(初出『エスクワイア』97年7月号)
大学で絵画を教わって目から鱗が落ちたのは、影について学んだときだった。「影を黒く塗ってはいけない」と言われたのだ。「“影”という色はない。ただ、光の当たっていないところがあるだけだ」
闇は黒ではない。ただ、他より色が濃いというだけである。だから闇には濃さの次元がある。グラディエーションがあるのだ。純白から完全な漆黒までのあいだにはさまざまな段階がある。白黒をふたつに分けるのは単純すぎる思考法だ。
そのことを、デヴィッド・リンチほどよく知っている人間はいない。彼は暗闇の専門家だ。リンチはセットでは「もっと暗く!」が口癖だという。照明をぎりぎりに絞りこみ、何が写っているのかわからなくなる限界まで照明を落としていく。リンチはおそらくスクリーン上の闇が映画館の闇にとけこみ、ひとつとなるところを見たいのだろう。そのとき観客席とスクリーンの裂け目はなくなり、観客は真に映画の一部になる。
新作『ロスト・ハイウェイ』は、これまでになく、リンチがその理想に近づいた作品である。
成功したサックス奏者フレッド(ビル・プルマン)は美しい妻レネエ(パトリシア・アークウェット)と二人、何不自由ない幸せな暮らしを送っている……はずだ。だがある日、玄関に届けられた差出人のないビデオがすべてを変える。ビデオには何者かが二人の家に侵入する様子が写されていた。ビデオは毎日届けられ、徐々に二人の生活の深淵までをも侵していく。
はたから見るかぎり、二人のあいだにはなんの不安もない。物質的にも、精神面でも満たされているように見える。だが、それでもフレッドの不安は消えない。レネエには自分の知らないもうひとつの生活があるのではないか。謎めいた出来事の積み重ねがその疑いを強め、やがて避けがたい破局が訪れる。
二人の家はモノトーンにくすんでいる。室内のすべてが無彩で、色がない。すべてがさまざまな段階の灰色に染まっている。家の中では二人ともほとんど喋らず、ひっそりとしている。聞こえるのはノイズのみ。灰色なノイズ。フレッドの根拠のない不安感が、この灰色に投影されている。闇とノイズのグラディエーションが、二人の関係を語りかけるのだ。
この色のない家はリンチ自身の持ち物だという。内装もまた、リンチ自身の思いを反映しているのだろう。あるいはフレッドの思いも、リンチが共有するものなのだろうか。商業的にも芸術的にも成功をおさめ、世界最高の美女イザベラ・ロッセリーニを抱きしめていたとき、リンチが抱いていただろう不安。いつか彼女を失ってしまうかもしれない。灰色の壁の前に立ち、闇の中に融けこむフレッドは、闇のグラディエーションを確かめずにいられないリンチの分身なのだ。
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Kiichiro Yanashita / 柳下毅一郎 / yanasita@gol.com