『ツイスター』
(初出『エスクワイア』96年9月号)
ぼくは映画ファンとしてはかなり育ちが悪い。もちろん30年代の黄金時代は知らない。『市民ケーン』を同時代で見たわけでもない。ヒッチコックの全盛期が終わってから生まれ、ヌーヴェル・バーグは後から勉強して見た。はじめて衝撃を受けたのはTVで見たケン・ラッセルだし、映画ファンとしての目覚めはデ・パルマだ。育ちが悪い。70年代のアメリカ映画なんて、見る人が見ればクズみたいなもんだろう。
だけどまあ、それはしょうがないのだ。育ちが悪いなら悪いなりの楽しみだってあるのだから。おぼっちゃま育ちには、薄っぺらな生を生きなければならないものの悲しみはわからないのである。
しかし、そんな立場で見ても、最近の映画はあまりにひどい。クズばかりだった70年代のアメリカにも、もっとはるかに面白い映画がいくらもあったように思う。本当に、あの面白かった映画はどこにいってしまったのだろう?
たとえば『ツイスター』である。スティーヴン・スピルバーグ製作、原作・脚本(『ジュラシック・パーク』の)マイケル・クライトン、監督(『スピード』の)ヤン・デ・ボンといった名前を見れば、大ヒット映画が出来るのになんの不足もない。ILMの手になる竜巻の特撮は実に見事だ。とりわけドルビー・ステレオを十二分に活用した音響効果には一見の、いや一聴の価値はある。音は前後左右を飛びまわり、観客を揺さぶる。すばらしい臨場感。座席そのものが揺すぶられているかのような錯覚を覚えるほどだ。はじめて、竜巻を体感できる映画といっても過言ではないだろう。
だが、それはそれだけのことである。『ツイスター』はそれ以上の何物も与えてくれない。
竜巻の恐ろしさ、自然の雄大さを教えてくれるだろうか? いや、映画の中で死ぬのは“悪い科学者”のみであり、それも自分から竜巻に突っ込んでいくのだ。科学者の恐れを知らぬ探求心を伝えているのか? ここに登場する“一流科学者”たちのいきあたりばったりな行動には頭を抱えてしまう。あまりに幼稚で、稚拙で、なんのひねりもない。
結局この映画にとっては、ドラマなどどうでもいいのだろう。『ツイスター』に必要なのは竜巻のSFXだけなのだ。特撮さえあればいい。これは観客を揺さぶり興奮させるローラーコースターと同じものだ。なるほどローラーコースターは楽しい(ぼくだって好きだ)。だけど、それは映画ではない。映画館でやっていたとしても、映画ではない別のものだ。そんな代物を作ってしまう連中が、ヒット・メーカーとして君臨するのが今のハリウッドなのである。
それなら、いったいどこに映画を求めればいいのだろう? 面白かった映画はどこに行ってしまったのだろう? これからしばらく映画探しをしてみようと思う。
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Kiichiro Yanashita / 柳下毅一郎 / yanasita@gol.com