『マルコヴィッチの穴』

(初出『エスクァイア』2000年10月号)


 すべての映画を見つくし、あらゆる映画のパターンを知りつくし、どんな映画でも最初の五分を見れば結末まですべてわかるという人でも、この映画の展開だけはまず想像もつくまい。昨年アメリカで一大センセーションを巻き起こした『マルコヴィッチの穴』について、まず語られるのはそれがいかに奇想天外な物語かということである。主人公は売れない人形使いだ。まるで生きているかのように人形を操る彼だが、人生は意のままにならない。省みられない妻はひたすらペットに愛情を注ぎこむ。とうとう飯を食えなくなった主人公は広告に応じて仕事に就く。だが、そのオフィスがあるのはマンハッタンのとあるビル、その71/2階だった。普通のフロアの半分しか高さのないオフィスで、主人公は思いがけぬ発見をする。壁に開いた穴を抜けてみると、その先はジョン・マルコヴィッチの脳に通じていたのである。穴をくぐった人は誰でも、ほんの十五分間だけジョン・マルコヴィッチになることができる。マルコヴィッチの目をとおしてものを見て、マルコヴィッチの耳でものを聞き、マルコヴィッチの鼻で臭いを嗅ぐことができるのだ。

 奇想天外、意表をつくアイデアである。まあ、ほとんど酒場でする馬鹿話のたぐいだ。この企画書をマルコヴィッチに見せ、マルコヴィッチが出演を快諾した時点で半分がた勝利だろう。それにしても、なぜジョン・マルコヴィッチなのか? 七階半とは? 一見したところとことんまでナンセンスな思いつきだけのようにも見える。監督のスパイク・ジョーンズがミュージック・ビデオの鬼才と呼ばれ、俳優やCMディレクターとしても有名である……と来ればますますそんな風に考えたくもなるだろう。気鋭のマルチメディア・クリエーターが若者感覚で作った新感覚映像!というわけだ。

 だが、実際のところ、『マルコヴィッチの穴』から感じられるのは無邪気さよりは周到な計算である。たとえば穴の先にジョン・マルコヴィッチを選ぶあたりの絶妙なセンスはどうだろう? その相手は誰もが知っている人でなければならないが、かといってブルース・ウィリスやシュワちゃんではリアリティのかけらもない。映画ファンなら名前くらいは知っていても、実際に今何をやっているのかと問われると詰まってしまうマルコヴィッチほどそれにふさわしい存在はあるまい。予測もつかない方向へ逸れてゆくかに見える展開も、実はアイデアを論理立てて考え抜いた結果でしかない。マルコヴィッチに入れるなら何をする? じゃあ二人同時に入ったら? いっそのこと、マルコヴィッチ本人が入ったらどうなるのか? 出発点こそオフビートだが、それを展開する方法はあくまでも正攻法なのである。おそらく最近のどんなハリウッド映画よりも考え抜かれた結果がこれなのだ。であれば、問うべきはなぜMTV出身のスケートボーダーが一本でハリウッドに殴り込みをかけられたのか、ではなかろう。いや、なぜハリウッドの映画人にはこの映画が作れないのか、そちらをこそ考えねばなるまい。


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Kiichiro Yanashita / 柳下毅一郎 / kiichiro.yanashita@nifty.com