『切断』(ジョン・ギルモア 翔泳社)解説
最後に、殺人者は顔にも手を加えていった。両頬が切り裂かれ、笑い顔が作られていたのである。バットマンの仇敵ジョーカーのような、おぞましい笑顔。
一度見たら忘れられない死体である。『ハリウッド・バビロン2』に収録された写真はきわめて雄弁だ。まっぷたつにされ、五十センチほど離れて放り出された上半身と下半身。両手は万歳するように上げ、男を誘うように大きく股を開いている。左乳房の切り傷、左太腿のえぐり傷、性器の上に(それを模倣するように)縦に入れられた切り口。肌は白く、驚くほどに美しい。まるでベルメールの人形のように。死体はオブジェだ。そのことを、これほどはっきり教えてくれる写真もない。
FBIによる指紋の照合で死体の身元が判明した。エリザベス・ショート、22歳。黒い髪、青い目。マサチューセッツ州、ボストンに近い町ハイドパークの出身だった。町では評判の美人だった。ベスはウェイトレスや映画館の席案内をしていた。だが、そんな程度の仕事では彼女の夢は満たされなかった。エリザベスは18歳のとき、大陸を横断してロサンゼルスに向かった。夢のハリウッドへ。彼女は女優志願だった。だが、東部の田舎町でなら目をひく美人でも、ハリウッドでは平凡なワン・オヴ・ゼムでしかない。ここには若い美人などゴロゴロいるのだ。ベスが売春婦稼業に身を落とすのは時間の問題だった。
黒いセーターとスラックスを好み、豊かな髪をふわっとしたポンパドゥールに結いあげた彼女は、いつか“ブラック・ダリア”と呼ばれるようになった。ベスにとって、ハリウッドはあやふやな夢程度のものだったようだ。真剣に演技を学ぶわけでもなく、コネをたぐろうともしなかった。今風に言えば、漠然とモラトリアムしていただけである。だから、たぶん意識的に売春を選んだわけでもないのだろう。どこへも行きつかない(行くつもりもない)暮らしを何年かつづけたあげく、一月十日の夜、ブラック・ダリアは運命の男と出会った。彼女をいたぶり、切り裂き、ハリウッド史に永遠に残るオブジェに仕立てあげる男と。
ブラック・ダリアの死体はさまざまな夢想を引き起こした。それだけのインパクトがあのオブジェにはあったのだ。中でも最大のものはジェイムス・エルロイが書いた小説『ブラック・ダリア』だろう。
エルロイは四八年にロサンゼルスで生まれた。幼いころに両親が離婚してからは母親が一人で育てた。母は看護婦だったが、それだけでは子供までは養えなかった。パートタイムで娼婦のようなこともやっていたらしい。一九五八年六月二一日の夜、ジニーヴァ・エルロイは男と連れだってバーから消えた。翌日、彼女の死体は小道に捨てられていた。レイプされたあとストッキングで首を絞められていた。
一七歳のときに父も死に、以来エルロイは無頼の生活を送った。酒と麻薬に溺れ、駅や公園で寝泊まりし、警察に厄介になることもたびたびだった。エルロイはまさしくロサンゼルスの暗黒面を生きてきたのだ。やがて作家となったとき、ブラック・ダリア事件について書くのは必然だったとも言えるのではないか。
エルロイの『ブラック・ダリア』は元ボクサーである警官を主人公にした小説である。親友と、その恋人とあやうい三角関係を築きあげていた彼の人生を狂わすのが、ブラック・ダリア事件なのだ。死んだ女の幻影に引きずられるように、平穏なはずの人生に潜んでいる暗闇が徐々に暴かれてゆく。ちょうど、母の死後エルロイが暗黒のロサンゼルスに導かれていったように。自分が生まれる前年に起きた猟奇殺人事件が自分の人生を決定づけた、とエルロイは考えていたのではなかろうか。『ブラック・ダリア』からはエルロイ自身のブラック・ダリア事件への魅惑が色濃く漂ってくる。近親相姦的なものさえ感じとることができるだろう。
もちろん、ブラック・ダリアに魅せられたのはエルロイ一人ではない。多くの狂人たちにとってもブラック・ダリアは大いなる夢想だった。我こそ犯人だと名乗り出た男とレズビアンは五百人以上に及ぶという。みな、あのオブジェの“作者”になりたかったのだ。だが、その願いがかなった者はいなかった。警察は自白マニアをすべて退けた。
ブラック・ダリア殺害犯はつかまらなかった。LAPDが手をこまねいていたわけではない。一時は二百五十人以上の警官が捜査に加わった。後のシャロン・テート惨殺事件を上回る規模だとも言う。だが、失踪後のブラック・ダリアの足どりはようとして知れず、犯人は浮かばなかった。しかし、それは当然かもしれない。ブラック・ダリア殺しはまちがいなく性的快楽殺人者、おそらくは連続殺人犯の仕業だからだ。
ブラック・ダリアの拷問と解体は、どう見ても怨恨や激情によるものではない。サディストが性的妄想を実行するためにおこなった犯罪だ。死体のポーズも、腹部や乳房につけられた傷も、それを指し示している。今風にプロファイルを作ると「白人男性。二十代後半から三十代。おそらくは女性を憎んでおり、暴行などの前科がある。おそらくは一人暮らし」こんな感じだろうか。死体損壊の激しさからして、最初の犯行ではないだろう。おそらくは数回の連続レイプ、また殺人事件がこの前にあるはずだ。
性的殺人者をたった一回の犯行でつかまえるのは至難の技である。情痴殺人なら、犠牲者と加害者は知り合いだ。だが性的連続殺人者の場合、加害者と被害者の出会いは偶然に過ぎない。性的連続殺人者は、自分なりの条件で犠牲者を選ぶ。バーで出会っただけ、道ですれ違っただけのつながりで犠牲者となってしまうこともある。犠牲者の過去をいくら探っても、殺人者との接点は見つからないだろう。
エリザベス・ショートの死体は、指紋を消すため、きれいに洗い清められていた。のちに新聞社に送られてきた犯行声明文はガソリンに浸されていた。ここまで用意周到に痕跡を消す犯人をつかまえるのは容易なことではない。つまるところは密告をつのり、次の犯行を待つしかない。連続殺人犯は必ずもう一度犯行をおかす。そして、繰り返す内に必ずヘマをしでかすのだ。ほとんどの性的殺人者はそうやってつかまる。
しかし、ブラック・ダリア殺しはそこで終わった。殺人者はそれ以降犯行を繰り返さなかった。警察はこれ以上の証拠を集められなかった。ブラック・ダリア事件はロサンゼルスでもっとも有名な未解決殺人事件になった。
未解決事件は好奇心をそそる。英国にはリッパー学者[リッパロロジスト]と呼ばれる人たちがいる。切り裂きジャックの正体について、ああだこうだと議論しつづけている人々だ。百年たっても、いまだに「新しい証拠」が堀りだされ、新たな犯人像が浮かび上がったりする。これもすべては切り裂きジャックがつかまらなかったからだ。どんな突飛な空想も許してもらえるのである。
ブラック・ダリア事件しかり。
たくさんの人が米国犯罪史上に残る未解決事件を「解決」しようとした。一九九二年には〈ロサンゼルス・マガジン〉では、クリーヴランドの“マッド・ブッチャー”こそ、ブラック・ダリア殺害の真犯人だとされている。“マッド・ブッチャー”は浮浪者や娼婦をとらえては肉切り包丁で(時には生きたまま)切り刻んだ。胴体はまっぷたつに切り、血抜きしてから洗って捨てた。だが状況証拠以上のものはないし、犯行遂行方法[モーダス・オペランディ]も完全には一致しない。ちなみに“マッド・ブッチャー”は逮捕されなかったので、この推理が正しいかどうかは確かめようがない。
同じころ、ジャニス・ノールトンという女性が「自分の父ジョージ・ノールトンこそブラック・ダリア殺害犯である」と名乗り出た。幼いころ事件を目撃していたが、記憶が抑圧されていたという。催眠療法によって記憶は浮かび上がった。こうした「記憶」があまり信用できないものであることは繰り返すまでもあるまい。犯罪作家マイケル・ニュートンが協力した本自体は、なかなか説得力もあるのだが。訴えに基づいて彼女の地所が掘り返されたが、出てきたのは動物の骨のかけらだけだった。
そして本書である。ここでもまた新たな犯人が提出される。これが決定版か? そうかもしれない。だが、誰にも断言はできないだろう。いかに資料を調べ、証言を集めようと、最後の一枚のヴェールだけははがせない(それができるのは犯人だけだ)。だが、謎が謎であればあるだけ、黒いヴェールの奥でブラック・ダリアはこ惑的に微笑む。ブラック・ダリアの謎へと人を誘うのだ。ブラック・ダリアの謎と取り組む者が絶えることはないだろう。
ブラック・ダリアの意味はどこにあるのか。
たしかに猟奇的ではあるが、つまるところは一人の娼婦が殺されただけの事件だ。それ自体では珍しくもなんともない。ブラック・ダリアは美しかったが、スターだったわけではない。映画に出たことすらなかった。マリリン・モンローの死とは話が違うのである。
だが、なおもブラック・ダリアは人を魅きつける。
ケネス・アンガーはこう書く。「ブラック・ダリアと映画界のつながりは希薄、彼女の夢は実現されないままに終わった……そしてその物語はLAの影の部分を彩り、その死の謎は今でもこの町のトワイライトゾーンをさまよっている」ハリウッドは光と闇の神話を持っている。ブラック・ダリアはその神話に捧げられた生けにえだった。そして彼女のすべて−−容貌、生き方、死にざま、そのすべて−−が、生けにえにふさわしかったのだ。ブラック・ダリアはまるで誂えたようにぴったりとはまった。彼女はハリウッド神話の人柱となり、彼女の見た夢はぼくらの脳裏から決して離れぬ悪夢になったのだ。それはハリウッドが、ロサンゼルスが、ぼくらみなが見た悪夢なのである。