エド・ゲイン Ed Gein
1957年11月16日、ウィスコンシン州プレインフィールドで雑貨屋を開いていた未亡人バーニス・ウォーデンの姿が消えた。店に訪れた息子が、レジスターが消え、後には大きな血だまりが残されているのを見つけたのだ。今日来た客と言えば、近くの農場に住む愛想のいい小男、エド・ゲインだけ。保安官が問いつめると、ゲインは「ウォーデンさんは死んだ」と答えた。そこでゲインの農場を訪れた保安官が見たものは……(心臓の弱い人は読まないでください)
納屋にはウォーデン夫人の死体があった。首は切り落とされ、足にフックをかけて裸で吊るされ、股から胸までまっぷたつに裂いて内臓を抜いてある。死体はきれいに洗い清めてあった。頭と内臓を探しにゲインの家に入った保安官を待っていたのは、さらに恐るべき光景だった。骨の支柱に人間の皮を張った椅子、人皮製クズかご、ベルト、ランプシェード。壁にはフェイス・マスクが並び、ベッド支柱では骸骨が笑っていた。鼻だけを放りこんだ箱、女性器だけを放りこんだ靴箱。食事は頭蓋骨で作ったスープ椀で食べるつもりだったらしい。
問題のウォーデン夫人の頭も見つかった。耳に紐をつけて「ハンドバッグか水筒にするつもりだった」とゲインは言う。ここまで来るとおぞましさを通りこして笑うしかない。いったいなぜ、彼はこんな行為に及んだのか。
ゲインは50を越えた独り者だった。厳格で信心深かった母は、酒びたりの夫を憎んでおり、男は悪者だ、セックスは罪だとエドに教えこんだ。44年に母が死んだあとも、母の呪縛は解けなかった。ゲインは人一倍セックスに興味を持ちながらも、正常なかたちで発散できない。近くの墓場で埋め立ての死体を掘りかえすと、満月の夜には仮面をかぶり、死体の皮で作った乳房つきチョッキを着て(女性に変身し)、人間皮の太鼓を骨のバチで叩いて踊ったという。
この事件は全米にすさまじいセンセーションを巻き起こした。あまりにも奇怪でおぞましく、目をそむけることすらできない。エド・ゲインにとりつかれた何人かの人間が、ゲインを芸術に昇華させることになった。ロバート・ブロックはゲインの母親との関係に話をしぼり、『サイコ(きちがい)』を書いた。おぞましいディテールを作品にする方法を見つけられなかったのだろう。ヒッチコックが作った映画でも、剥製収集というかたちで、人体工作を婉曲に表現することしかできなかった。一方でディテールに焦点を当てたのが映画『悪魔のいけにえ』で、ゲインの工作品がほぼ完全に再現されている。この映画の衝撃がスプラッタ映画というジャンルを生み出すことになったのは周知の通り。最近おおいに盛り上がっているホラー小説もすべてその影響下にある。ゲインの呪いは深く重い。ゲイン事件について詳しく述べたノンフィクションも十指にあまる。ゲインの証言を完全に収録した『Edward Gein』Robert H Gollmarや、社会的インパクトを詳細に論じた『オリジナル・サイコ』ハロルド・シェクターなどがある。
事件当時ウィスコンシン州で犯罪レポーター見習いだった19歳の青年がいた。その青年トマス・ハリスは、30年間そのインパクトを反すうしつづけ、やがてゲインそっくりの殺人鬼が登場する小説を書いた。もちろん『羊たちの沈黙』である。
●バーニス・ウォーデンの最期(77K)
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Kiichiro Yanashita / 柳下毅一郎 / yanasita@gol.com