石井輝男追悼週間日記

◎最近のお仕事 『興行師たちの映画史』(青土社)サポート・ページもあります。
『ケルベロス第五の首』(ジーン・ウルフ 国書刊行会)勝手に広報部も(勝手に)よろしく。
『アヤックスの戦争』(サイモン・クーパー 白水社)を翻訳しました。第二次世界大戦とユダヤ人の運命とサッカーに関する本です。はっきり言って、ニッチです。
『輝く断片』(シオドア・スタージョン 河出書房新社)で中編を二編翻訳しています。キモメン文学の金字塔ですよ。
『宇宙舟歌』(R・A・ラファティ 国書刊行会)が10/25発売になります。

『たまもの』(2004年度ピンク大賞受賞)の音声コメンタリーにいまおかしんじ監督、林由美香さんと一緒に参加しています。まだ御覧になっていない方は、是非林由美香さんの姿を見てあげてください。


10/3(月)
 アトム・エゴヤンの新作『秘密のかけら』を 見る。ケヴィン・ベーコンとコリン・ファースが喧嘩別れした芸人コンビを演じる。んで、二人の過去にはいったい何が……とい うサスペンス。密室で人間関係が煮詰まるというエゴヤン的ドラマをエンタテイメントのかたちにうまく落とし込んでいると思いました。ただ、見ていてどうし ても突っ込みたくなったんだが、ケヴィン・ベーコンならそこはウェルカムだろう! あいつはそういう奴だ!
 あと、幼稚園のお遊戯で慰問に来た歌手がアリスのコスプレしてジェファーソン・エアプレインの「ホワイト・ラビット」を歌うのは、いくらなんでもヤバイんじゃないかと思いました。エロいけど。
10/5(水)
 竹芝の扶桑社に出かけて〈SPA!〉用に中原昌也と対談。紀伊国屋書店からファスビンダーのDVDボックスが出るんでその宣伝用。普段は何も準備などし ないオレですが、ことファスビンダーとなると滅多なことは言えないのでしっかり予習しました。その成果が出たかというと怪しいところだが。

 終了後はなぜか新宿御苑前に移動し、中華で打ち上げ。対談まとめのライターさんの経歴が凄いのでびっくりしました。ぼくなんかよりはるかに深い人生経験を積んでらっしゃいます。


10/7(金)
 石井輝男監督お別れ会@赤坂プリンス
 なぜかわからないけど招待状が来たので行きました。行かないわけにはいくまい。さすがに大東映だけあって綺羅星のごとき有名人が並んで凄かった。スピーチで小野田嘉幹が出てきたときにはびっくりして思わず最前列まで見に行ってしまいました。
 基本的には隅の方でちっこくなっていましたよ、もちろん。
10/8(土)10(月)
 山形ドキュメンタリー映画祭へ行ってきました。三日間の滞在で十本ほどの映画を見ました。あまり見てないけど、その中でいくつか記憶に残ったものの話を。

●The Present
 スイスの映画祭との共同企画で上映されたロバート・フランクの96年作品。いわゆる日記映画で、毎日目の前にあるものを「これは なんだろう……この映画の意味はなんだろう……」とかぶつぶつ言いながら脈絡なく撮ってゆく ……というぼくのいちばん嫌いなタイプの映画なんだが、これはすばらしかった。フランクがすっごくユーモラスな老人で、淡々 としたボヤキにいちいち味がある。何度も吹きだしてしまった。
 そしてやがてこの映画のテーマそのものが浮き上がってくる。死と喪失。つまり老いなんだが、それは諦念とかではなく、むしろ生き残ってしまった人間から 去っていった人たちにおくる哀切の記録なのである。鏡に書かれたMEMORYという文字を若者に消しとってまう場面がある。「全然消えないっすよ。いつか らこびりついてるんですか?」「かれこれ四十五年かな」「四十五年!そんなの消えるわけないですよ!」もちろんこびりついているのはロバート・フランクの 記憶=メモリーのことである。奮闘の甲斐あって文字が後ろからだんだん消えていって、最後にME=自分だけが残る。
ダーウィンの悪夢 Darwin's Nightmare
アフリカ最大の湖、タンザニアのヴィクトリア湖周辺で生きる人々について描いたドキュメンタリー。これはもはや映画としてどうこうというレベルではなく、写っている現実が凄すぎる。「地獄」としか呼びようがないのです。 この世には地獄が存在します。この映画こそその証拠です。
 
さて、ヴィクトリア湖はもともと水産資源の豊富な湖で、人々は漁業を中心に自給自足で細々と、だが豊かな暮らしをおくっておりました。 ところが60年代のいつごろか、誰かがこの湖にナイルパーチという巨大魚を放します。たぶん、食用にするための研究とかそういう理由でしょう。 巨大魚はたちまちのうちに湖の魚をすべて食い荒らして絶滅させてしまう。予想外のことだったけれど、それはまあいい。ヴィクトリア湖周辺には魚を加工して 冷凍してロシアや日本に輸出する一大産業ができあがりました。輸出で外貨も獲得できる。これもグローバル化のおかげであります。空港にはウクライナ人パイ ロット目当ての売春婦がたむろしてますが、そういうこともあるでしょう。生物の多様性? そんなものより人間が食う方が大事だよ! 現地の人の生活はナイ ルパーチのおかげで飛躍的に向上しました。いや、本当にそうかな?

 たしかに魚は採れるんですが、実はこれはすべて輸出用。現地の貧乏人(工場で働いていない人)がこれまで食べていた小魚はすべて消えてしまいました。で もナイルパーチは高価すぎる。じゃあ何を食べるのかというと工場から出るゴミです。巨大魚を三枚におろした骨と頭。みわたすかぎり魚の頭が積み上げられた ゴミ捨て場があります。そこで働いている女性が、ゴミをかきわけて腐りかけ、蛆がわいた魚の頭を天日干ししている。肉をこそげとるのが面倒なんで、おそら くそのまま腐らせて落としているんでしょうね。腐った肉が落ちたあとの骨を油で揚げて食うわけ。

  生ゴミが腐り、アンモニアガスが充満するゴミ捨て場。顔をバンダナで覆い隠した女性は「これでもお金もらえる仕事があるだけマシだし… …」(この地には産業はまったく存在しないので、工場で働いていない女性は売春婦になるしかない。したがって現地ではAIDSが猖獗を極め ております)と言いながら素手でゴミを運んでいます。当然アンモニアガスは有毒で、「目が痛いんです」と言ってバンダナをあげるとそこには ……目はなくて眼窩が、ただの窪みがあるだけ。もう一方の目が腐れ落ちてしまうのもそう遠いことではないでしょう。

 すでに十分地獄なんですが、このあとさらに恐ろしい光景が続きます。食べ物を奪い合い、シンナーがわりに発泡スチロールを燃やして吸うストリートチルド レン。毒矢で武装して「やっぱ戦争がいちばんだよ。早く戦争にならないかなあ」とぼやく警備員。このすべてがナイルパーチのおかげなのですが、実はナイル パーチが生み出したモノカルチャーも長くないのだという。ナイルパーチが完全に生態系を破壊してしまったせいで、ヴィクトリア湖には恒常的に赤潮が発生し ている(藻を食べる魚が絶滅してしまったせいで)。だからナイルパーチの天下も長いことではないのである。あと数年でナイルパーチも採れなくなる。でも、 そうなったらこの国はどうなるの?

  答えはありません。というか「どうしようもない」が答えです。
●水没の前に
 長江をせき止める三峡ダムのせいで千年の歴史がある街が水面下に没する。てっきり壮大なスケールで街と自然を哀悼する映画なのか と思ったら全然そんなことではなく、むしろ中国人のヴァイタリティばかりを見せつけられることに。編集もきわめて巧みで、うさんくさい牧師をめぐるエピ ソードなど爆笑ものである。水没する教会の資産状況について、誰が本部に報告したのかという犯人捜しになると「会計係が報告するわけはないし、わたしは言 わないし、李牧師だって……うっかりでもしないかぎりは……」そこで李牧師の顔を見る全員の顔 のカット。
 エンターテイメントとしても優秀だったんで、なんか賞にはひっかかるだろうな、と思ったがグランプリでしたね。ぼくは『ルート181』は見てないんだけど、見た範囲内で言えばごく妥当な結果だったんじゃないかな。
●リハーサル
 スウェーデンの刑務所で、囚人を使った演劇が企画される。選ばれた囚人は三人、ネオナチの構成員である。つまりディスカッショ ン・ドラマによってネオナチの真情にまで迫ろうという仕掛けなわけ。カメラはそのリハーサルに入りこみ、劇作家とネオナチ青年とのディスカッションから劇 が作られていく様子に迫る。で、ついに公演日がやってくるのだが……あまりに凄いので再現ドラマかと思った。

 今回、コンペは地味だという声が強かったが、作品のレベルは結構高かったように思う。「地味だ」というのはたぶん社会派な作品が多かったからなの だろう。たぶん、それはDV作品が多くなってきたことと関係がある。DVドキュメンタリーとは必然的に社会性を帯びやすいメディアなのではなかろうか。


10/14(金)
 京橋にて『奇談』試写。
『ワイルド・フラワーズ』がちょびっと注目された小松隆志の監督・脚本作。なんと諸星大二郎の『生命の樹』の映画化である。まあ妖怪ハンターの中でも『生 命の樹』をやろうというのはかなり大胆だろう。普通に考えて映画になりにくい上に元が大傑作だからね。その高いハードルを乗り越え得ているかというと ……稗田礼次郎役は阿部寛。悪くはないと思うけど、あまりにも『TRICK』っぽすぎる。しかしやっぱりコピーは「おらと一 緒に、ぱらいそさいくだ!」にしてほしかったね。

 その後山の上ホテルで文藝賞授賞式。今年の受賞者は22歳のOLと15歳の女子中学生(受賞時14歳)。まあ普段なら22歳でも十分話題になるん だろうけど、15歳ではいかにも相手が悪かった。授賞式でも15歳のまわりにカメラがむらがって、22歳の方はほとんど放置状態。お気の毒さまでした。 あ、しかし最後まで「15歳の方」としか呼んでなかったんですが、あの娘、名前なんていうんだっけ?


10/15(土)
 東京ファンタスティック映画祭。本日は秘宝オールナイト。石井輝男追悼特集+『狂った野獣』『狂い咲きサンダーロード』と いう東映魂の四本立て。『狂い咲きサンダーロード』は石井聡互監督が来館し、みずからPAを担当しての爆音上映。これ、何が凄いって、石井監督、上映中 ずっと細かくPA操作しつづけてるんだよね。単にヴォリュームをめいっぱいひねっただけじゃなくて、ほとんどDJと言っていいくらいの操作をして、音を絞 り、セリフを聴かせ、背景音に注意を引き、ここぞというところで爆発させるのだ。この日見た人は本当に幸運でしたよ。石井監督もご苦労様でしたけど、久し ぶりにやれて楽しかったんじゃないかなあ。
 それにしても何度見ても奇跡の映画だねこれは。よくこんな映画作れたもんだよなあ。来春には奇跡のDVD化されるそうなんで、是非一家に一枚。そして爆音で見てください!
10/16(日)
 朝七時に四本立てが終わり、よろよろと帰り着いてベッドに崩れ落ち、起きると午後三時。あ、もう出かけなきゃ……と休む間もなく映画秘宝十周年記念大宴会@Loft+1。 これ、種明かしをしますと実はファンタでのイベントのあと、打ち上げを兼ねて十周年宴会をやろうと考えて、この時期にプラスワンを押さえてもらったわけで ある。ところがファンタの方がオールナイトになってしまったもんで、疲れた身体に鞭打って連日オールナイトということに……

 いやあ、さすがに疲れましたよ。ご協力いただいた快楽亭ブラック師匠、中野貴雄監督、平山夢明、三留まゆみ他多くのみなさま本当にありがとうござ いました。なんとか最後まで場がもってよかったよかった。お客様も多数御来場いただきましてどうもありがとうございました。またのお越しを ……ってもうやらないよ!


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Kiichiro Yanashita / 柳下毅一郎 / kiichiro.yanashita@nifty.com