何故、殺人本はぼくらを惹きつけてやまないのか?

(初出"Title" 2001/)

 殺人者について書かれたものが人をひきつけるのは、それが禁断の扉を開いてくれるからである。誰もが知りたいが知ることができないもの、殺人とはなんなのかをかいま見せてくれるのだ。殺人者はわれわれにとても近しい存在だが、同時にとてつもなく隔絶したところにいる。そもそも“殺人者”という人種があるわけではない。人を殺すまでは誰も殺人者ではないのだ。だが、一度他人を手にかけた瞬間に、その人は“殺人者”になる。その一線は決定的にして越えがたいものなので、その向こう側には何かがあるのではないか、と思わずにはいられないのだ。この欲望は普遍的で、ひどく俗なものである。だからこそロバート・レスラーの『FBI心理分析官』や『羊たちの沈黙』(トマス・ハリス)はベストセラーになったのだ。

 その点では殺人者自身の告白以上に興味をひきつけるものはない。人を殺したときに心の中にあったものがなんなのか、そもそも人を殺す行為はどういう意味を持っているのか、殺人者以上によく知っている人はいないはずである。パリでオランダ人留学生を射殺し、その肉を食った佐川一政はみずからその体験を『霧の中』(後に『蜃気楼』と改題)に書いた。あるいは“ファミリー”に命じて女優シャロン・テートほか六人を殺させたチャールズ・マンソンがジャーナリストに生い立ちを語った『悪魔の告白』。いずれも殺人者の心理を教えてくれるという点で代えがたい書物である。佐川もマンソンもきわめて頭のいい男であり、自分の行為をかなりの程度まで客観視して書いているからだ。もちろん、すべてを額面通りに受けとることはできない。頭が良ければ、それだけ自己弁護の弁も立つ。だが、マンソンが「ガキども(ファミリーのメンバー)の言い分は、俺が思ったことというより、むしろ自分たちの考えをいいあらわしたにすぎない」と言うとき、そこにはまちがいなく一片の真実があるだろう。それはわかりやすく首尾一貫したストーリーになったマスコミ報道や検察官の論告からははぶかれてしまう部分である。

 もうひとつ、額面通りに受け取れない理由がある。殺人者が聡明であり、自分の行為をきちんと語れれば語れるほど、それは生の現実から遠ざかっていく。わかりやすければわかりやすいほど、それは世間に通用するかたちに整理されたものである。佐川一政は美文家であり、その作品はたやすく芸術となる。だが、そのせいでかえって殺人の現実は見えにくくなっているかもしれない。別に隠そうとしていなくても、心の中ですでに整理されたものだったりする。結局のところ、問題は最初に戻ってしまう。語り手が洗練されるほど、物語はわかりやすくスムーズなものになる。だが、こちらはもともとそんなものを求めて殺人者の心理に近づいたわけではないのだ。わかりやすい物語ならいくらでも手に入る。欲しいのはごつごつした現実の感触、常識では考えられない不条理なのだ。

 たぶん、ここには矛盾がある。我々は殺人者の心理を知りたくて殺人本を読む。だが、その物語が明解すぎると不満を抱く。こんなにシンプルで単純なはずがない、と思ってしまうのだ。殺人者は理解不能なもの、我々の想像を越えたものであってほしい。隔絶したもうひとつの世界の住人であってほしいのだ。精神科医のわかりやすい診断を聞くとどこか騙されたような気がするのはそのせいだ。週刊誌の扇情的な断罪の方が、いささかロマンチックな夢想に応えてくれるだろう。だけどもちろん、そんなものは信じられない。

 したがって我々は佐川やマンソンから予定調和が破れる一瞬を探すことになる。佐川が人肉を「トロのようだった」と評したのには誰もが舌を巻いたはずである。まさかそんなこととは思わなかった。誰にでもわかるたとえであり、だが誰も思いつかない。独創的ではない。たぶん小説の描写に使ったら凡庸すぎると評されるだろう。だが、たぶん現実はひどくつまらないものなのだ(何度指摘されても、つい忘れてしまうのだが)。真実は凡庸すぎて遠く、想像力が追いつかないくらい凡庸な場所にあるのだ。

 死体を全身バラバラにした残虐な殺人事件を見ては「どんな憎しみがあって、こんなことができるのだろう?」と考える。しかし実際には「持ち運びに便利なように」切り刻んだだけだったりする。死体の圧倒的なリアリティの前には、こちらのつまらない想像力などまるで勝負にならない。殺人者たちの手記、その心理の解剖書は、紋切り型を唾棄している自分がいかに紋切り型にとらわれているかを教えてくれるものである。こちらの期待はつねに裏切られる。予想もしなかったかたちで不意をつき、期待に冷水を浴びせかける。殺人はどこまでも現実であり、現実はつねに夢想よりも平凡で、それでいてはるかに豊かなものだからだ。


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Kiichiro Yanashita / 柳下毅一郎 / kiichiro.yanashita@nifty.com