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(1997年8月29日、於サンアントニオ、マリオット・リヴァーウォークにて)
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- それでは今年の星雲賞受賞作家、ロバート・ソウヤーさんにお話をうかがいます。最初に、受賞作について一言。
- ソウヤー
- End of Era ——日本語のタイトルは、「サヨナラ、Dinosaur」だよね(笑)。これはぼくが最初に書き上げた長編なんだ。出版されたのは『ゴールデン・フリース』のほうが先だけど。
子どもの頃からずっと古生物学者になりたかった。20歳のとき、方針を変更して作家になることにしたんだけど、恐竜に対する愛情はずっと持ちつづけていた。
だから『さよなら、ダイノサウルス』は、恐竜への愛を小説のかたちで表現したものなんだ。何年も何年も大量に読み漁ってきた恐竜本の中でぼくが魅惑された数々の謎——もちろん、最大の謎は「恐竜はなぜ滅んだか」っていうことなんだけど——をモチーフにして、おおいに楽しんで書いたよ。
だから、『さよなら、ダイノサウルス』は一種のファンノベルだとも言える。テンポがはやくて、ユーモアがあって……。- −−
- アイデアも山盛りですね。
- ソウヤー
- そうそう、アイデアも山盛りで。そういう楽しい長編を書くのが目標だった。
過去の星雲賞受賞作に、ジェイムズ・P・ホーガンの『星を継ぐもの』(創元SF文庫)という作品があるでしょう。ぼくのお気に入りのSFのひとつで、まちがいなくその影響を受けてるね。太陽系創成に関する、スケールの大きな、とてつもないアイデアとか。
だから、『さよなら、ダイノサウルス』は、テンポが速くてどんどん読めるアイデアいっぱいのSFであり、なおかつ同時に、恐竜はなぜ絶滅したか」という疑問に、唯一正しい本物の回答を与えている(笑)- −−
- しかもコンパクトで。
- ソウヤー
- そうそう、そのとおり。小説を書きはじめたころは、ぶあつい大長編を書くなんて、考えただけでも気おくれした。あんなにたくさん字が書けるもんか、と(笑)。
だからぼくの最初の二長編、『ゴールデン・フリース』と『さよなら、ダイノサウルス』はどっちもかなり短い。英語版の『さよなら、ダイノサウルス』は7万語しかない。ふつうの長編はだいたい10万語ぐらいだからね。
でも、短くなったのは、長い本を書くのが苦痛だったというだけじゃない。やはり星雲賞受賞した作品で、ポール・アンダースンの『タウ・ゼロ』(創元SF文庫)があるでしょう。とてつもないアイデアを扱いながら、とてもコンパクトで、一気に読める。読み終わったときには、頭がぐったり疲れてしまうくらい大きなアイデアを扱ってるんだけど。読者として、ぼくはこの『タウ・ゼロ』をものすごく楽しんで読んだ。
アメリカの出版界では、経済的な理由から長大な本が好まれる。高い値段がつけられるし、派手な宣伝もできるしね。でもぼくは、『タウ・ゼロ』のような、クラシックな短い長編、50年代、60年代のハードSFが好きだった。だから自分でも、SF作家としてデビューするにあたって、最初の長編はそういうものを書いてみたいと思ったんだ。- −−
- SFとしてはこのぐらいの長さがむしろ理想的ですよね。ファットブック(長い本)の場合、どうしてもSFと無関係な要素が入ってくるでしょう。キャラクター描写とか、冒険小説的な要素とか、アクションとか。
- ソウヤー
- そうそう、その通り。いやもちろんキャラクターの成長を描くのはぼくも好きだけどさ。でも純粋なSFは、一種の知的エクササイズであって、必然的に短いものになる。その点は賛成だね。
- −−
- 日本では、『ターミナル・エクスペリメント』が出版されたばかりですが……。
- ソウヤー
- え? そうなの? まだ見てない。
- −−
- そうなんですか。じゃあ持ってくればよかったですね。
- ソウヤー
- いやいや、いずれ届くからだいじょうぶ。どういうわけか、著者用の見本は、日本から船便で送ってくるんだよね(笑)。だからぼくの手元に届くのは発売されてから何カ月もあとなんだ。
- −−
- 『ターミナル・エクスペリメント』では、またまったく違う分野に挑戦してますね。『さよなら、ダイノサウルス』は一種のタイムトラベル物、『ターミナル・エクスペリメント』ではヴァーチャル・リアリティというか、一種のコンピュータ・サスペンスで。
それ以降の作品はまだ日本で出ていませんが、今年のヒューゴー賞候補作になっている Starplex は、物理系のハードSFですよね。作品ごとに傾向が違うのは、意識的にそうしてるんでしょうか?- ソウヤー
- 『ターミナル・エクスペリメント』は、非常に近い近未来、2011年を舞台にしてる。この長編は、だれにでも読めるように、SFをいままで一冊も読んだことがない読者でも安心して読めるようにと思って書いた。うちのお袋でも、『ターミナル・エクスペリメント』なら楽しく読めるかもしれない(笑)。
でも Starplex は違う。『ターミナル・エクスペリメント』を書いたあと、これでロバート・ソウヤーはSFに背を向けたと思われるのが心配だったんだ。それまでの作品は、『ゴールデン・フリース』にしても、『さよなら、ダイノサウルス』にしても、ハードSFだったからね。
だから、なにもハードSFを見捨てたわけじゃない、新しいマイクル・クライトンになるつもりじゃない(笑)、新しいアイザック・アシモフになるつもりじゃない(笑)ってことを証明するために、Starplexを書いたんだよ。純粋にSF読者だけのためのSFを書くことが重要だった。うちのおふくろは、『ターミナル・エクスペリメント』は読めても、Starplexはぜったい読めないだろう。この2冊がどちらもSFコミュニティに受け入れられたのはさいわいだった。『ターミナル・エクスペリメント』は、もちろんSF的な要素はあるけど、むしろ近未来スリラーとか、ミステリのように読めるからね。アメリカのSF読者にそっぽを向かれるかもしれないと心配してたんだ。
- −−
- アメリカのSFファンは、なんというか、そんなに視野が狭いんですか?
- ソウヤー
- まさにそのとおり。こっちでは、ピジョンホール(鳩小屋の出入り穴)って言葉を使うけど(笑)。アメリカの出版業界では、作家をその穴の中に入れる。だから、いままで書いてきた作品と違うものを書くと、読者の怒りを買うことが多い。こんなものを書くんならもう読まないぞ、と言われちゃうわけだ。
ぼくはカナダの作家で、カナダの出版界にはそういう傾向はない。カナダの出版社では、本の分類は、フィクションとノンフィクションだけだからね。SF、ミステリ、ホラー、ロマンス、ウェスタンとかって出版カテゴリーは、アメリカ人が発明したものなんだ。ぼくにとっては不思議なんだけど、でもアメリカの作家は、自分の属するカテゴリーを忠実に守ろうとする。そうしないと読者が逃げてしまうから。
だから、『ターミナル・エクスペリメント』はネビュラ賞を受賞したけれど、その次もまた『ターミナル・エクスペリメント』系列の長編を書くんじゃなくて、全然違うものを書きたかった。
それで、宇宙物理学的なハードSFである Starplex を書いたんだけど、その次の長編、 Frameshift は、どっちかというと『ターミナル・エクスペリメント』に近い。正反対の系列のあいだで行ったり来たりしてるような感じかもしれない。
読者の予想通りの作品を書きたくない気持ちもある。「ロバート・ソウヤーの作品は知的で楽しめる」という以外は、先入観を与えたくないんだ。近未来/遠未来、ハードSF/ソフトSF、なんでもありと。- −−
- Frameshift では生物学的なテーマが扱われていますね。
- ソウヤー
- そう、ヒトゲノム計画とか、遺伝子研究とかがモチーフになってる。
- −−
- そうやって、まったく新しい分野で小説を書くとき、どうやって調べるんですか?
- ソウヤー
- 科学に関する専門的な教育は受けてない。でも、小説家になる前はジャーナリストで生計を立てていたから、取材のノウハウは身についてる。だから、科学に対しては、プロフェッショナルではなく、つねに門外漢の立場でのぞむようにしてるんだ。
まず基礎的な入門書からはじめて、理解が深まるにつれて、もっと専門的な本を読みはじめる。じっさい、Frameshift の下調べをしてるときなんか、最初に
読んだのは『マンガでわかる遺伝子学』って本だったよ(笑)。そこからはじめて、かたっぱしから本を読み、基本的なパースペクティヴが理解できたと思った段階で、現実の遺伝学者に取材を申し込んで、まだ新しすぎて本に書かれていない発見とか、研究成果の話を聞く。
入門書→専門書、専門誌→専門家への取材っていう段階を踏むことが多いね。- −−
- 完成した原稿を遺伝学者に読んでもらったりとかするんですか。
- ソウヤー
- そう、それで間違いがないかどうかチェックしてもらう。もちろん、ぼくの勘違いとか、細かいミスはあるかもしれないけれど、可能なかぎり科学的に正確なものにしたいといつも思ってる。少なくともいままでの書評では、科学的に正確だと言われてるから、その点に関しては満足してる。
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- 『ゴールデン・フリース』や『ターミナル・エクスペリメント』は、日本のSF読者だけではなく、ミステリ読者やミステリ作家からも高い評価を得ています。
- ソウヤー
- 日本では、ミステリ読者がSFを読んだり、SF読者がミステリを読んだりするのは一般的じゃない?
- −−
- うーん、あんまり一般的じゃないですね。
- ソウヤー
- アメリカでは、SFとミステリは全然別のジャンルなんだよ。SFとファンタジーは近いジャンルなんだけど、なぜかSFとミステリは非常に距離が離れている。
ぼくは昔から、SFとファンタジーは全然別物なんじゃないかと思っててね。SFは現実に起こりうることを書くけど、ファンタジーは現実に起こりえないことをもとにしている。
ミステリとSF(とくにハードSF)は、どちらも知的なプロセスを経て結末に向かうし、おなじような道具立てを使う。手がかりを並べて、謎を解明する。
だからミステリ読者なら、たとえば『さよなら、ダイノサウルス』だって楽しめると思うよ。恐竜の死の謎を解く、一種のマーダーミステリなんだから。- −−
- J・P・ホーガンの初期作品とおんなじですね。『星を継ぐもの』も一種のアリバイ崩しミステリとして、日本のミステリ読者にもファンが多かった。
- ソウヤー
- まったくそのとおり。ぼくは昔からミステリが好きで、いまも楽しみのためにミステリを読んでる。だからSFとミステリの両者をミックスした作品を書くのはぼくにとって自然なことなんだ。ホーガンとおなじように。
でも英語圏のSFでは、作中で殺人事件を扱うものは少ない。『星を継ぐもの』にしても科学的パズラーだし、『さよなら、ダイノサウルス』も科学的パズラーだ。
でもぼくの場合、『ゴールデン・フリース』はマーダーミステリだし、『ターミナル・エクスペリメント』も殺人事件が中心にある。Frameshift でもやっぱ
り殺人事件が起きるしね。
その次の長編の、Ilegal Alien は、近未来のアメリカにエイリアンがやって
きてるって設定なんだけど、そこでも天文学者が殺害される。
だからSF的な要素とミステリ的な要素をドッキングさせるのが好きなんだね。- −−
- Ilegal Alienは、シリアスな長編なんですか?
- ソウヤー
- セミシリアスだね(笑)。
- −−
- タイトルだけ聞くと、「メン・イン・ブラック」みたいなものを想像しますが(笑)。
- ソウヤー
- たしかに。でもテーマはシリアスだと思うよ。O・J・シンプソン裁判に触発されたものなんだけど。カナダでもアメリカでも、黒人と白人とで、O・J・シンプソンが有罪か無罪かについて、まったく違う見解を持っていた。おなじように知的な人間が、おなじ証拠を検討しているのに、導き出す結論が180度違う。
文化的背景の違いが知的判断にどのように影響するかっていう問題が、Ilegal
Alienの核心なんだ。
とはいえ、テンポの速い、ユーモラスな長編であることはまちないけど。- −−
- 最近流行のUFO陰謀理論とかとは全然関係ないんですね(笑)。エリア51とかは出てこない?(笑)
- ソウヤー
- 出てきません(笑)。声を大にして言うけど、ぼくはエリア51なんか信じてないからね(笑)。いや、エリア51の存在は信じてるけど、UFOがあるとは思わないよ(笑)
- −−
- では、次回作の話を聞かせてください。
- ソウヤー
- ちょうど書き上げたばかりの長編は、Factoring Humanityっていうタイトル。Factoringは、数学用語では「因数分解」って意味なんだけど、「考慮する」っ
て意味もある。だからこれは、人類について考察する小説なんだ。
アルファ・ケンタウリのエイリアンからもたらされたテクノロジーによって人類が変化する……。- −−
- アルファ・ケンタウリですか? じつに伝統的な……(笑)
- ソウヤー
- そう、ぼくの書くSFは、みんなSFの伝統に則ってる。アルファ・ケンタウリについてはいろいろ調べて、知的生命の生まれる惑星としてうってつけだと思ったんだ。
ともかくそのアルファ・ケンタウリからエイリアンがやってきて、人類の集合無意識にジャックインするテクノロジーの青写真を提供する。
サイバーパンクに出てくるコンピュータカウボーイがサイバースペースにジャックインするのとおなじように。その過程でまた、さまざまな発見があるんだけど。
路線としては、『ターミナル・エクスペリメント』の系統だね。この
Factoring Humanity には非常に満足している。じっさい、いままででベストの
作品だと思うよ。- −−
- をを。それはすごい。
- ソウヤー
- いままでこんなことを言ったことは一度もないんだけどさ。Ilegal Alienはベストじゃないよ(笑)。でも Factoring Humanity はベストだ。とても満足している。アメリカでは来年の7月に刊行予定です。
- −−
- 長編一冊を書き上げるのにどのくらい時間がかかるんですか?」
- ソウヤー
- フルタイムで書いて、10カ月か11カ月。その前に、取材の期間——本を読んだり図書館に行ったり専門家に会ったり——が2カ月か3カ月だね。
- −−
- では最後に、日本の読者に一言。
- ソウヤー
- まず最初に、ぼくの長編すべてと、短編も翻訳してくれている内田昌之氏に感謝したい。当然のことながら、翻訳者がいなければ、そもそもぼくの小説が日本の読者に読まれることもないわけだからね。その意味で、彼には非常に恩義を感じている。
それと、ぼくはカナダ人だから、ぼくの小説にはカナダ的な要素がたくさん出てくる。カナダが舞台だったり、カナダ人の登場人物が出てきたり。
でも、SFがすばらしいのは、SF読者が普遍的で宇宙的な視野を持ってることだと思う。だからカナダを舞台にした小説が日本で受け入れられることは、SFの健全性を示す、非常にいいことだと思う。カナダ人が楽しむのとおなじように、日本人にも楽しんで読んでもらえるのは。- −−
- 日本に来る可能性はないですか?
- ソウヤー
- 行きたい気持ちはおおいにある。だれも招待してくれないだけで(笑)。日本のSFコンベンションから招待があれば、喜んで行くよ。アジアには一回も行ったことがないんだ。ヨーロッパには行ったことがあるんだけどね。いままでに行ったいちばん東は、たぶんギリシャかな。だから日本にはぜひ行ってみたい。
- −−
- では、今度は日本でお目にかかれるのを楽しみにしています。どうもありがとうございました。