サイバーSF紹介(95年12月,アスキー《CAPE-X》より)

●「ヴィーナス・シティ」柾悟郎

 題名のVENUSはVirtual Environment for Network Usersの略。つまりヴィーナス・シティってのは、ネットワーク上に実現される仮想現実の街のこと。データスーツとゴーグル装着して3D磁気フィールドに入り、自宅から専用ネットにアクセスすれば、全感覚のフィードバックをサポートするこのVR空間に文字どおり「足を踏み入れる」ことができる。ま、インターネット上のMUD(Multi-User Dungeon)とかNIFTY-Serveでやってる富士通ハビタットとかの思いっきり進化したやつですね。あるいは、岡嶋二人の『クラインの壷』に出てくるVR機器のマルチユーザーネットワーク版ですか。
 日本が誇るサイバーパンク作家(と呼ぶのは語弊があるけど)・柾悟郎が、情報・通信分野での豊富な経験と綿密な取材をバックに描くこのワイアードな近未来ニッポンは、リアリティ的にもきわめてポイントが高い。さらに、外国人排斥やジャパンバッシングに代表される「異質な日本」論、ジェンダーの交換など、現在進行形のトピックをジャーナリスティックにとりこみ、日本SFには珍しいリアルタイムな社会派SFを実現している。その意味では、スターリング『ネットの中の島々』の日本版といってもいいかもしれない。
 SFマガジン連載で同誌の読者賞を受賞した本書は、単行本化されたのち、93年の星雲賞と日本SF大賞を受賞、みごと三冠王に輝いた。名実ともに、現代の日本SFを代表する作品。それにしても柾悟郎のSF長篇第二作はいったいどうなってるんでしょ。寡作にもほどがあるぞ。

●「遠き神々の炎」ヴァーナー・ヴィンジ

『マイクロチップの魔術師』のヴァーナー・ヴィンジによる93年度ヒューゴー賞受賞作。波瀾万丈ワイドスクリーンバロック型スペースオペラって感じの大長編ですが、無数のエイリアン種族が群雄割拠する超未来の銀河の下敷きに、現在のインターネットを持ってきたのがミソ。なにしろ汎銀河ニューズグループまであって、各種族にネットニュースが配信され、銀河的一大事をめぐって活発な議論が展開されたりするんだから大笑い。課金が払えない星とかダイヤルアップな星とか(ってもちろん、比喩的な意味ですが)も出てくるし。
 しかし、本書の最大の特徴は、あまりにもバカなその基本設定にある。すなわち、「銀河の核から外のほうに行けば行くほどアタマがよくなる」。つまり銀河の内側より外側のほうが脳/コンピュータの処理速度がはやく、情報/宇宙船の伝達/航行速度がはやい。上(上位際崖圏)の人は光ファイバ接続なのに、下(低速圏)の人は286のDOSマシンに2400bpsモデム、みたいな。銀河中心方向に向かって旅をすると、だんだん船の性能が落ち、機械が壊れ、スピードが鈍ってくるわけですね。
 このとんでもない宇宙の片隅で、とある人類居住惑星の研究施設が邪悪な超越知性をめざめさせてしまう(うっかりものすごく凶悪なウイルスができて外に漏れちゃったとか、そんな感じね)。超越知性に対抗するための最後の手段(ワクチンのようなもの)を搭載した宇宙船がからくも脱出に成功、低速圏協会付近のとある惑星に不時着する……。
 ってことで、その宇宙船に乗ってた子どもたちを救出しようとする人類サイド、追いかける超越知性、人類を敵視する異星人同盟の三つどもえのスターシップチェイスが展開する。一方の主役を張るキュートなイヌ型群体知性エイリアンも奇天烈でナイス。

●「ガイア」デヴィッド・ブリン

 タイトルが示すとおり、主役は地球そのもの。背景には一応ラヴロックのガイア仮説があるものの、アメリカSF界が誇る保守本流エンターテインメント作家のブリンだけに、ニューエイジ系の信者には思いきり否定的(なのでそっち方面の期待はしないほうが吉)。
 プロットの基本は、「うっかり屋さんの天才科学者がマイクロブラックホールを落っことしちゃってさあ大変」っていうパニックSFですが、それがどうしてハードカバー二段組上下巻合計八百ページ超に肥大化するかというと、環境問題から情報ネットワークまであらゆるものをぶちこんで、五十年後の未来を綿密に構築してるからなんですね。
 グローバルなネットにクズ情報があふれたり、直接民主主義の抬頭で従来の政治体制が崩壊しちゃったりって話はけっこう説得力があり、おまけに『ビル・ゲイツ 未来を語る』より256倍面白い(推定)。後半に入るとブリン本来のサービス精神が大爆発、手に汗握る大風呂敷スペクタクルで往年の娯楽SFを堪能させてくれる。
 いまどきのSFとしてはややおしゃれ度が低いものの、真っ向からこれだけ大きな物語を語ろうってんだから、洗練よりは蛮勇が優先されるのはしょうがないでしょ。しかも、可読性では定評のいあるブリンのこと、この種の大作にありがちな退屈さとは無縁。スターリングの『ネットの中の島々』と好一対をなす、80年代の近未来SF/ネットワークSFの古典。


●「蓬莱」今野敏

 現実密着型のサスペンスだから、”サイバーSF”に分類するには無理があるかもしれないが、メインアイデアはSFファン好み。「日本」を封じ込めたゲームソフト「蓬莱」に秘められた恐るべき秘密とは――って趣向でぐいぐい読ませる。スーファミ、任天堂、「シム・シティ」など、実名がばんばん出てくるところもマル。ただし結末はちょっと物足りなかったな。


●「オタクと三人の魔女」大原まり子

日本SFの王道¢蛹エまり子の最新作。『処女少女マンガ家の念力』シリーズの路線につながるご町内ドタバタ小説だから、厳密にはサイバーでもSFでもないが、WWWページのURLが本文中に登場するたぶん日本最初の小説として歴史的価値がある。でもやっぱり縦書き文化にはなじまないかも(笑) ちなみに著者のホームページはwww.bekkoame.or.jp/~ohara/。

●「PRESS ENTER■」ジョン・ヴァーリイ

 タイトル末尾の■は点滅中のカーソル。DOS時代の懐かしいメッセージ(笑)って感じだけど、いまから十年以上前(84年)に書かれたハッカー物のパソコン犯罪サスペンスSFだからしょうがない。内容的にも描写自体はかなり古びているが、ネットワークの危険性はむしろ増大しているかも。ヒューゴー賞ネビュラ賞ローカス賞を受賞したコンピュータSFの古典。
 
●「ネットの中の島々」ブルース・スターリング

 サイバーパンクの理論的指導者、『ハッカーを追え』(アスキー)の著者として、インターネットでも活発に活動するスターリングのストレートな近未来SF( 年)。士郎正宗『攻殻機動隊』的なグローバル情報ネットワークの未来像を背景に企業間抗争を描く。話としては地味だが、80年代のリアルな近未来SFとしてはもっとも成功した例のひとつ。

●「ハイペリオンの没落」ダン・シモンズ

 SFマガジンの95年SFベストでぶっちぎりの一位に輝いたハイペリオン二部作の第二部。ここ十年のアメリカSF最大最強の長篇で、『ニューロマンサー』以降もっとも重要な作品。その『没落』で重要な役割をはたすのが「コア」と呼ばれる機械知性群と、彼らが物質世界に送り出した英国詩人ジョン・キーツのAI人格。その末路は涙なくしては読めません。

●「衝撃波を乗り切れ」ジョン・ブラナー

 95年8月に急逝した英国作家ブラナーの代表作。アルヴィン・トフラーの『未来の衝撃』に対するアンサーソングとして執筆され、トフラーは本書を受けて『第三の波』を書いた。発表は20年も前だが、現代的な意味でのコンピュータを正面から描いた(ワームによるハッキングシーンもある)文学史上初の小説。世界十大SFの一本に数える批評家もいたりする。

●「マイクロチップの魔術師」ヴァーナー・ヴィンジ

 単行本版にはあのマーヴィン・ミンスキーが詳細な解説を寄せた、コンピュータ/ハッカーSFの先駆的傑作。はやすぎたサイバーパンクとしてここ数年再評価されているが、邦訳当時さっぱり売れなかったのはお気の毒。RPG文化もいちはやくとりこみ、スマートに処理。「ワイルド・パームズ」や「JM」を見るにつけ、本書の先見性がきわだってくる。

●"Hacker and the Ants"ルーディ・ラッカー

 破壊的なプロットとノリノリのポップ文体で人気のラッカーだが、最新長篇の本書はリアルな人工生命パニックSF。オートデスク社で働いていた時代の経験が全面的に生かされているらしく、シリコンバレー内幕小説的な興味でも読める(早川書房でそのうち刊行予定)。なお、本書の姉妹篇のノンフィクション、A Life Labはソフト付きでアスキーより刊行予定。

●「クラインの壺」岡嶋二人

 80年代日本ミステリの輝く星だった岡嶋二人の最後の作品。皮膚刺激によりヴァーチャル・リアリティを実現するゲームソフトを素材に、ディック的な現実崩壊感覚を味わわせてくれる異色のSFミステリ。コンビの片割れの井上夢人は、その後ソロ作品として、本格的コンピュータウイルスパニック小説「パワー・オフ」を書いている(集英社より近刊予定)。

●「お父さんの会社」草上仁

 日本のフレドリック・ブラウンと称されるアイデアSF作家・草上仁が、コンピュータネットワーク/ゲームをテーマに書いたサラリーマンSF。大人気のマルチプレーヤー型会社シミュレーションRPGが実は――という設定自体は平凡だけど、登場する会社員たちがサラリーマンの論理で行動する点がユニーク。ほのぼのとした味わいが捨てがたい。

●「ヴァーチャライズド・マン」チャールズ・プラット

 WIRED常連寄稿者チャールズ・プラットがコンピュータ業界と冷凍睡眠業界での経験を生かして書き上げたSFサスペンス。
 ハッカー倫理の問題を織りまぜながら、めずらしく真面目なスタイルで、リアリティ豊かに「シミュレートされた現実」を描いている。脳の仕組みはよくわかんないけど、とにかくまるごと複写しちゃいましょうって発想には説得力がある。

●「エイダ」山田正紀

 バベッジやエイダ・バイロンが登場するとこは『ディファレンス・エンジン』っぽいけど、量子論の多世界解釈を背景に、物語を生成して光速の壁を越える「想像力駆動{ルビ:イマジナリー・ドライヴ}が最高にいかす。VR利用の娯楽施設と量子コンピュータがつくりだす虚構が現実と反転し、胡蝶の夢が織りなすウロボロス的迷宮をさまよわせてくれる。日本SFもがんばってるんだぞ、と。