【ムヅかしい本を読むとねムくなる 青雲立志編】
掲載誌:月刊アニメージュ(徳間書店)97年3月号〜97年8月号
【1】香山リカ『テクノスタルジア』(アニメージュ97年3月号用)
新年あけましておめでとうございますの挨拶も白々しい年末進行地獄中の大森ですが、レイアウトも一新してのリスタートってことで、今月からは新刊めったくたガイド方式でお届けする予定。
せっかくだからちょっと毛色の違った本もとりあげなきゃね。というわけで、新装オープン第一弾は香山リカさんの評論集『テクノスタルジア』。いきなりタカくてカタい本ですが、まだお年玉も残ってるだろうし、カタそうなのは見かけだけ。香山さんといえばSFマガジンの特集でエヴァ論書いたりしてるくらいだし(ちなみにビデオ提供は大森だ。って録画したのは堺三保だけど)、プロレスとゲームとマンガにも詳しいから、「死とメディアの精神医学」とか「ポストモダンへの追悼」とか、カバーや帯に踊る文字列に怖れをなす必要はない道理である。
タイトルのテクノスタルジア≠ニは、技術的郷愁っていうか、電子革命以降の「未来へのなつかしさ」のこと。ちょっと前に流行したレトロフューチャー≠ェ、「なつかしい未来」だったのに対して、テクノスタルジアはむしろ、「あらゆる未来的なものがなつかしく見えてしまう」現象を指している。「AKIRA」の未来も「パトレイバー」の未来も「ナデシコ」の未来も、ピカピカだろうが猥雑だろうがデジタルだろうが、なんとなく郷愁を誘うのはなぜか――という問題と、そこから喚起される故郷と死のイメージを軸に編集された評論集なんだけど、テーマ自体は一種の通奏低音だから、ぱらぱらめくって目についた固有名詞を手がかりにランダムアクセスしてみたって一向にかまわない。
たとえば、現代思想のアイドルだったジル・ドゥルーズの自殺をめぐる「ちょっとキスするだけだから」では、坂本龍一とと岡田友希子と『天才バカボン』をめぐる相互に無関係なエピソードがほとんと手品のような手つきでコラージュされて、奇跡のように美しいエッセイに仕上がっている。学生のときにこんな文章に出会っていたら、電波系のひと的に受けとめてあぶない世界に入っちゃったんじゃないかと思うくらいかっこいい。
また、「ぼくたちの失敗'94」では、森高千里と黒木香と北斗晶と林葉直子が、宮崎事件の生んだ亀裂を照射するために並列されるのだが、そこで描き出される「時代の気分」は、オウム以後の現在とも奇妙に響きあう。素材としてアニメが直接扱われているわけではないにしても、エヴァ以降の現代アニメを考えるうえで、これは最高のテキストかもしれない。ただしハマりすぎに注意。
あとは駆け足。日本SFでは、アスペクトの〈宇宙SF傑作選〉シリーズが注目企画。小松左京の『BS6005に何が起こったか』につづいて、堀晃の『遺跡の声』が出ている。日本SF史上に残る名作「太陽風交点」を筆頭に、〈宇宙遺跡調査員〉シリーズをはじめて一冊にまとめた本で、国産ハードSFの珠玉作を結集した短編集。徳間文庫版の『太陽風交点』も『梅田地下オデッセイ』(『遺跡の声』巻末の著者インタビューで「'81・12早川書房刊」となってるのは編集サイドのミスでしょう)も幻の本と化している今、こういうかたちで往年の名作が読めるのはうれしい。
宇宙SFといえば、期待の新星・森岡浩之の『星界の紋章』につづく新シリーズ『星界の戦旗』もついに開幕。あっという間に読めちゃって、しばらく禁断症状に苦しみそう。
ミステリでは、講談社ノベルズ一月の新刊がおすすめ。ひと足先にゲラで読ませてもらった西澤保彦『死者は黄泉が得る』は、山口雅也『生ける屍の死』に挑戦するゾンビ物のミステリ。今回はなんと「死者を再生させる機械」「記憶をリセットする機械」がペアで登場、女性ゾンビたちが隠れ住む館を舞台に、またもや突拍子もない話で楽しませてくれる。96年本格界最大の話題作『コズミック』でデビューした清涼院流水の第二長編『ジョーカー』も、無慮八百ページのトンデモミステリで、あいかわらず講談社ノベルズの快進撃はとどまることを知らないようなのである。
●香山リカ『テクノスタルジア』(青土社)1800円
●堀晃『遺跡の声』(アスペクト)980円
●西澤保彦『死者は黄泉が得る』(講談社ノベルス)
【近況】
ちょっと古い話ですが、ホームページが引っ越しました。新住所はhttp://www.ltokyo.com/ohmori/またはhttp://www.st.rim.or.jp/~ohmori/。インターネットな人は寄ってね。
【2】野尻抱介『天使は結果オーライ』(アニメージュ97年4月号)
昨日は直木賞発表待ち宴会の流れで、惜しくもデビュー作(『不夜城』)受賞の快挙を逸した馳星周に北上次郎、茶木則雄その他大勢を加えたメンバーと朝まで残念麻雀。一昨々日には角川の編集者から8巡目大三元を上がって絶好調だし――と思ったら壊滅的な惨敗で、4万ガバスも沈んで著しく勤労意欲が減退している大森ですが、気をとりなおさないと一週間後にはマジック・ザ・ギャザリング香港大会出場権を賭けた国内予選の予選が待っている。っておれを待ってるわけじゃないけどさ。ああデック組まなきゃ。
……と、頭がこういう状態のときは新宿の台湾やくざがどうしたこうしたの生臭い話じゃなくて(いや、『不夜城』は好きなんすけどね、サイバーパンク入ってる感じで)、浮き世離れした明るい話にかぎる。そういや最近、値段が高くて殺伐とした話ばっかりとりあげてたし。と反省したので今月は明るいヤングアダルト三連発だ。
まず一発目は、一部SFおたくを狂喜させた宇宙開発SF『ロケットガール』の待望の続編、野尻抱介の『天使は結果オーライ』。
「身長百五十五センチ以下、体重四十キロ以下の宇宙飛行士に新素材の宇宙服を着せたら」という前提からいきなり女子高生アストロノートが誕生しちゃうのは、競馬の騎手に女子高生がいない事実に鑑みるとやや苦しいけど、やっぱロケットボーイじゃね。SMAPだってスカイダイビング得意なのは草薙くんだけだったし。
ま、女子高生ってとこにだけ目をつぶると、打ち上げ重量が軽くなりゃ推進材も少なくてすみ、コストが大幅に節減できるのは理の当然。外国産技術を改良コストダウンするのは日本の得意技。
かくしてソロモン宇宙協会はスペースシャトルの十五分の一のコストで有人宇宙飛行を実現――って設定はそれなりに説得力がある。だいたいNASA型の宇宙開発だと個人の夢や野望が入り込む余地がほとんどない。F・ブラウン『天の光はすべて星』の感動を現代に甦らせるには、『王立宇宙軍』みたいに異世界をゼロから構築するしかないのか――と思ったら、野尻抱介はこの難題を「身長体重制限」一発でクリア。ぎりぎりのところで技術的リアリティを放棄せず、胸躍る宇宙飛行SFを再生させたわけである。
今回、ゆかりとマツリのロケットガール二人組は、のっけから宇宙で大暴れ。軌道離脱直後の事故でオービターは予定地点を大きくそれ、ゆかりの母校のプールに無事着水――と、まあ話はライトノベルっぽく幕を開けるんだけど、後半のクライマックスには、アポロ13号奇跡の生還を踏まえた緻密なシミュレーションがあったりして、心はあくまで爆笑ハードSF。前作ともどもお薦め。
宇宙の次はやっぱり時間SF。「97年、夏 映画化決定」の帯つきで文庫化された高畑京一郎『タイム・リープ』は、現代版『時をかける少女』って感じのキュートな学園タイムロマンス。映画の『時かけ』に近いテイストで、キャラも立ってるしディテールも抜群。往年のジュブナイルSFを思わせるで、映画化が楽しみだ。ちなみに監督は「グリーン・レクイエム」の今関あきよしです。
最後は田中啓文の異世界ファンタジー(?)二部作〈神の子ジェノス〉の第一弾、『神の子はみな踊る』。タイトル通り、世界を統べる神様シバの息子であるジェノスが相棒の戦士と連れだって町から町へ放浪し、人々の暮らしを観察する。で、その結果をトロンボーン(まさかのときは武器にもなる組立式スイスアーミー楽器)吹いて天上にアップロードすると、神様が天罰を下したりするわけですね。ま、隠密同心みたいなもんですか。主人公のせいで町の人間たちは情け容赦なく殺されちゃんだからかなり凶悪な設定ですが、ここは著者の性格の悪さをじっくり味わいたい。〈十兵衛錆刃剣〉とか、チャンバラ系シリーズを書いてる人だけに、活劇場面の書きっぷりも堂々たるもの。後編の『神の子は来たりて歌う』ではこの異様な世界の成立背景を中心にSF的大団円が待ってそうなので、続巻をみんなで読もう!
【近況】
1月25日の予選はスイスドロー6回戦。ベスト12に残ると翌日の本選に出場できるんだが……せめて一勝はしたいっす、はい。やっぱ黒単土地破壊デックで勝負かな。
●野尻抱介『天使は結果オーライ』(富士見ファンタジア文庫)
●高畑京一郎『タイム・リープ』(メディアワークス電撃文庫)
●田中啓文『神の子はみな踊る』(集英社コバルト・スーパーファンタジー文庫)
【3】グレッグ・ベア『女王天使』(アニメージュ97年5月号)
グレッグ・ベアって作家はつくづく日本人好みなSFを書く人ですね。出世作の『ブラッド・ミュージック』はほとんど小松左京だったし、『永劫』もブロックバスター小説っぽい衣裳の下は往年の日本SFだし。とはいえ『天空の劫火』みたいな愚作もあるから、近未来LAが舞台という『女王天使』には、正直あんまり期待してなかった。
ところが読んでびっくり、設定だけ見ると、これが平山夢明の『シンカー 沈む者』そっくり。要するに『羊たちの沈黙』とサイコダイバー(夢枕獏)のカップリングなんですね。
時は2047年の末。舞台はバイナリー・ミレニアム(2048をキリのいい数字だと反射的に思ってしまう人には説明するまでもないが、2048年は二進数で言うと100000000000年)を目前に控えて、世紀末気分が漂うLA。セラピーと呼ばれる人格改造が一般化して犯罪は激減してるんだけど、著名詩人ゴールドスミスが8人の弟子を惨殺して失踪する事件が起きる。LA公安局に所属する美貌の捜査官マリアがその行方を追う一方、潜脳技術の生みの親である異端の心理工学者マーティンは、被害者の父親から、ゴールドスミスの脳に潜ることを依頼される。おりしも、人工知能を搭載した恒星間無人探査機AXISは、アルファ・ケンタウリで巨大な人工建築物らしきものを発見したと報告してくる……。
うーん、堂々のエンターテインメント――と言いたいとこだけど、そこはグレッグ・ベア畢生の力作だから、一筋縄ではいかない。ブードゥーのメタファーや文学的量子力学的心理学的ペダントリーが全編にちりばめられ、歯ごたえバリバリ。しかしナノテクによって変貌した社会のディテールを描き出す筆は鮮やかだし、エヴァ的にかっこいい描写も山盛り。最終的には心の問題に帰着するあたり、京極夏彦入ってるかも。欲張りすぎてやや散漫な印象もあり、百パーセント成功作とは言いがたいけど、ふつうの異常心理サスペンスに飽き飽きしかけている非SF読者にもおすすめ。
一方、国内の収穫は神林長平の書き下ろしハードカバー『ライトジーンの遺産』。舞台は、原因不明の臓器崩壊現象(特定の内臓が突然こわれてしまう)が全人類に蔓延し、人工臓器が一般化した近未来。タイトルのライトジーン社は人工臓器の総合メーカーだが、強大になりすぎたため分割されている。主人公のおれ≠アと{菊月虹{キクヅキコウ}}は、ライトジーン社が人工臓器研究の過程で開発した人造人間。同時にサイファ≠ニ呼ばれる超能力者でもある。
このコウがライトジーン市警第四課長の依頼を受け、トラブルシューター的に関わっていく事件の数々が連作短編集風に描かれる。ひとつのテーマを徹底的につきつめるここ数冊の神林SFの方向性からは路線転換して、むしろ技のデパート%Iなエンターテインメント性が全面に出ている感じ。神林長平になじみのない人でも、士郎正宗や押井守のファンなら楽しめるはず。
さて今月最後の一冊は、ひし美ゆり子の書き下ろしエッセイ『セブンセブンセブン』。いやあ、本屋でいきなりこの本を見たときは驚きましたね。
「だれですかそれは」と首を傾げる若い読者も多いだろうけど、副題の「わたしの恋人 ウルトラセブン」を見ればわかるとおり、ひし美ゆり子(菱見百合子)は、三十代おたくの心にいまも甘酸っぱい記憶(笑)とともに焼きつくアンヌ隊員その人。で、この本は、そのアンヌ隊員が当時をふりかって思い出を綴ったセブン楽屋話なんですね。
特撮ファンにとっての圧巻は、「アンヌの見た『ウルトラセブン』」。各話ごとに撮影当時のエピソードが紹介され、資料的価値も高い(ただし12話は飛んでる)。あとはやっぱり写真ですね。東宝のカメラオーディションの写真にはじまり、セブンの現場でのスナップはもちろん、プライベートショットも多数。個人的には主演映画「好色元禄マル秘物語」がすごく好きなんで、そのスチールと思い出話がちゃんと入ってるのがうれしいっす。いやあ思わずほのぼのしちゃったね。
●グレッグ・ベア『女王天使』(小川隆訳/ハヤカワ文庫SF上下各720円)
●神林長平『ライトジーンの遺産』(朝日ソノラマ1800円)
●ひし美ゆり子『セブンセブンセブン』(小学館1500円)
【近況】
FFVIIで五日、ギャザリングで七日つぶれたけど、2月は長篇一冊を訳了したぞ、と。今年は翻訳者に復帰するぞ、と。言いつつ、三月はいよよパリ予選だぞ、と。
【4】コードウェイナー・スミス『第81Q戦争』(アニメージュ97年6月号)
「シト新生」の劇場試写がハネてから約二十名でくりだした居酒屋で午前零時までアスカの行く末を熱く語り(うそ)、武田統括本部長の「ベンツ」((C)噂の真相)でガイナックス勢が吉祥寺方面に走り去ったあと、なぜか銀座の路上に残されたのは、樋口真嗣、水玉螢之丞、ルリア046、堺三保、さいとうよしこ……という妙にAM度の高いメンツ(笑)。結局カラオケ三次会になだれ込み、この日が初対面のるりあ先生がなぜかうちの仕事場にお泊まりになる事件もあ ったんだけど、そのるりあ先生に名刺渡したら、開口一番、
「いやあ、『女王天使』誉めちゃだめでしょ」と説教されて大爆笑。なんだ、SF氷河期とかゆってるけど、みんな読んでるぢゃん――ってそうじゃなくて、たしかにアレは難読物件だったかもとやや反省。いや、オレ的には面白かったんだけど。
……とまあ、エヴァな夜は謎が謎を呼びつつ更けてったわけですが、エヴァと言えば人類補完計画、人類補完機構と言えばコードウェイナー・スミスの『第81Q戦争』がついに刊行されたって長い枕だねどうも。もちろん似てるのは名前だけで、エリスンの『世界の中心で愛を叫んだけもの』とTV版最終話が無関係なのと同様、C・スミスも人類補完計画とは無関係なんだけど(関係あるのはむしろテイヤール・ド・シャルダンかも)、シリーズ名の『人類補完機構』が題名並の大きさででっかく出てるのは、いわゆるひとつのエヴァ効果でしょう(もっとも原題はThe Instrumentality of Mankindなんで、本来ならメインタイトルが『人類補完機構』でもおかしくなかったりする)。
C・スミスはSFの世界じゃ神様の次ぐらいにえらい人で、その精髄はベスト版短編集の邦訳版『鼠と竜のゲーム』『シェイヨルという名の星』の二冊(と長篇の『ノーストリリア』)で読める。今回訳された短編集は、そのベストから洩れたやつを集めた落ち穂拾い集。しかし腐っても神様の次だから、ふつうのSF作家の短編集よりはだいぶんえらい。表題作なんか、スミス14歳のときの作で、ミリタリーおたくな中学生が書きそうなゆかいな話ではあるにしても、天才の片鱗は窺る。さしずめ庵野版「帰ってきたウルトラマン」か。永遠の名作「酔いどれ船」と「青を心に、一、二と数えよ」が読めるだけでもマスト・バイね。
その〈人類補完機構〉シリーズの影響を受けてデビューした大原まり子の久々の本格宇宙SF『アルカイック・ステイツ』も出ている。といっても今回の下敷きはスミスじゃなくてヴァン・ヴォートの『イシャーの武器店』。タイトルにある謎の古代帝国が出している「店」では、魔法同然のパルプンテな品物やサービスが提供され、うっかり手を出した人間がたいへんな目に遭ったりする。
時は28世紀、銀河に覇を競う三大勢力――とくりゃまるで『ハイペリオン』的に大時代な設定だけど、そこは大原まり子、一筋縄で行く話ではない。ふつうのスペオペ的展開をことごとく裏切り、次から次へと異常な事態が出来する。五百歳のロボットを従えた太陽系女性総司令官(妊娠中)が時間流の中に遍在し、宇宙各地に同時に出没する話なんか、その破天荒さではベイリーの『時間帝国の崩壊』を彷彿とさせるほど。なるほどこれが「女のワイドスクリーン・バロック」か。
対する男性陣では、架空戦記の大御所・佐藤大輔の『地球連邦の興亡』が開幕。『遙かなる星』シリーズで宇宙開発を題材に選んだ著者としては必然的展開ですが、いきなり「二一九七年 第一次オリオン戦争終幕」ですからね。こちらは男のスペオペらしく、きっちり歴史から語り起こし、冒頭には「地球連邦宇宙軍統合艦隊司令長官 地球連邦宇宙軍大将 柳田信幸」による「統合艦隊解散の辞」までついている。しかし、舞台を宇宙に移しただけの戦記物と思ったら大まちがい。前半はたしかにミリタリーSFノリだけど、戦後処理の問題に話が移る後半は植民惑星に生きる人々のドラマを鮮やかに描いて魅力的。田中芳樹の『銀英伝』よりリアルで谷甲州の『航空宇宙軍史』より派手ってところですか。男臭い中にも純愛ありほのぼのありの展開で、これからが楽しみ。
●今月のエヴァ本(うそ)コードウェイナー・スミス『第81Q戦争』(ハヤカワ文庫SF)
●今月のワイドスクリーン・バロック 大原まり子『アルカイック・ステイツ』(早川書房)
●今月の国産スペース・オペラ 佐藤大輔『地球連邦の興亡』(トクマノベルズ)
【近況】
今月の名セリフは「もっといろんなアニメをみるべきだったね」((C)アカツキ・ナガレ@「軌道戦艦ナデシコ」25話)。いやほんと、エヴァしか見ない人をなんとかして(笑)
【5】森博嗣『封印再度』(アニメージュ97年7月号)
JMAI(インターネットで選ぶ日本ミステリー大賞)'97を受賞した驚異のデビュー作『すべてがFになる』からちょうど一年。森博嗣の〈犀川創平&西之園萌絵〉シリーズが、第五弾『封印再度』でめでたく完結している。
それにしても、12カ月で5冊ですか。ま、森博嗣ホームページ(http://www.degas.nuac.nagoya-u.ac.jp/people/mori/myst/myst0.html)によれば、一冊あたり二週間から三週間で書いちゃうそうだから、作家の常識がほぼ通用しない人ではあるにせよ、まったく努力の跡が見えないその作品も、本格ミステリの常識を大幅に逸脱している。『F』の設定のおかげで「理系ミステリ」と呼ばれたり、大向こうウケするトリックメーカとして見当はずれの期待を寄せられたりもしたけれど、『封印再度』まで五冊つきあってみれば、このシリーズがいかにとんでもない企みだったかは一目瞭然。まさかまさかと思いつつ、こうも見事にだまされると、もはや茫然とするしかない。
今回は一種の「立体パズル」がフィーチャーされて、「パズラー」としてもじつにエレガントな解法が示されるのだが、それさえ一種のオマケっていうか、これはほとんど「超時空要塞マクロス」における「愛は流れる」のようなエピソードである――ってそれじゃわからんか。うーん、なにを書いてもネタバレになってしまうので、これはもう読んでいただくしか。テイスト的には少女マンガ(「どうぶつのお医者さん」「こどものおもちゃ」系)なので、本格音痴の人でも安心です。
同時発売の講談社ノベルスでは、シリーズ最高の盛り上がりを見せる篠田真由美『原罪の庭』、テレポート能力を持つ主人公の完全犯罪計画(笑)を描く西澤保彦『瞬間移動死体』も要チェックだが、新本格系でもう一冊見逃せないのが、ノン・ポシェット文庫からいきなり書き下ろしで登場した小森健太朗の『空中庭園の殺人』。『コミケ殺人事件』(出版芸術社)を読んだ人なら著者のおたく濃度のとんでもない濃さは先刻ご承知でしょうが、一般向けを意識しているらしい本書でも、設定は凝りまくり。
語り手の「私」は男性ミステリ作家の高沢のりこ(これは著者が16歳で江戸川乱歩賞に応募し最終候補に残ったときのペンネーム)。S出版社の溝畑康史(出版芸術社勤務の実在編集者がモデルで、実物はアニカラのえらいひと(笑))からの依頼で、「私」は古代バビロン空中庭園の王女消失事件を題材に歴史ミステリを書くことになる。ところが、この企画の鍵を握る考古学教授が大学の屋上から墜落死。犯人は空中庭園の王女同様、忽然と消え失せたとしか思えない。王女消失の謎が解けないと原稿が書けない「私」は、この二つの消失事件を解明すべく、女探偵・星野君江に協力を要請する……。
驚天動地の大トリック的な派手さはないが、設定がスベりがちだった既刊長編にくらべると安心して読める仕上がり。油断してるとすぐ店頭から消えちゃいそうなので、くれぐれもお見逃しなく。
さて今月最後の一冊は、太田忠司『3LDK要塞 山崎家』。著者は新本格出身でミステリ畑の作家だけど、これは(タイトルと鈴木雅久のカバーが示すとおり)全然ミステリじゃない。おやぢ向けヤングアダルト(なんだそりゃ)というか、おたく世代のおやぢのための願望充足ファンタジーなのである。30代も後半になれば世間的には立派な中年、会社じゃ中間管理職、子供も小学校を卒業しようかって年頃だけど、「マジンガーZ」「ウルトラマン」で育った世代としては、いまだに『失楽園』の凛子より、「ナデシコ」のルリルリに魅かれがちなわけで、そのへんの弱点をみごとに突き刺したのがこの小説。なにしろ「お父さんは正義の味方だったのです」だもんなあ。
25年ローンで買った建売住宅に襲いかかる悪の秘密結社の戦車隊。愛する家族を守るため、山崎兼智は、捨てたはずのコンバット・スーツをふたたび身にまとい、敢然と立ち上がる……。
ま、「ジングル・オール・ザ・ウェイ」のクライマックスがそのまま現実になっちゃったみたいなお話ですが、中年おたくにも夢を見る権利は残されているんだぞ、と。爆笑の快作。
【近況】
春風邪に倒れてへろへろ。ずっと寝てるから本はどんどん読めるんだけど原稿が書けない(笑)実用に耐える音声入力エディタが欲しいなり。
●森博嗣『封印再度』(講談社ノベルス)
●小森健太朗『空中庭園の殺人』(祥伝社ノンポシェット文庫)
●太田忠司『3LDK要塞 山崎家』(幻冬舎ノベルズ)
【6】グレッグ・ベア『火星転移』(アニメージュ97年8月号)
このページでとりあげる対象は、基本的に「大森が読んで面白かった本」なのだが、今回だけは例外。グレッグ・ベアの大作『火星転移』は、オレ的にはどうしてもゴミとしか思えないのである。
「未来の巨匠というベアの位置づけを決定的にする、渾身の傑作といいきってかまわないだろう」(山岸真、『火星転移』解説より)とか、
「現代SFが産んだ最高傑作の一つ。SFファンは読んで泣け。」(堺三保、SFオンライン新刊レビューより)とか、あちこちでうんざりするほど大量の絶賛を目にするのだが、オレのSF魂は、この小説を認めることを頑なに拒否している。
タイトルが示す通り、『火星転移』は超科学の力(笑)で火星を太陽系から移動させちゃうお話。その原理というか科学的背景は、『機動戦艦ナデシコ』のボソンジャンプもかくやというトンデモ理論なんだけど、まあそれはよしとしよう。ヒロインの元恋人がほとんど独力で(科学者チームを組んでて、その名前がオリンピアンズ≠セってさ)世界を変える世紀の大発見≠やってのける(おまえはリチャード・シートンか)展開も、太古の野蛮なSFに対するオマージュとして許せなくはない。しかしこれが、パロディでもギャグでもなく、90年代のSFに、E・E・スミスやハミルトンの蛮勇をとりもどす真剣な試みだとするなら、いくらなんでもある程度の現代SF的説得力が要求されるのではないか。
ベアという作家は、どういうわけか小松左京の軌跡をたどるように作品を書き続けてて、つまり『火星転移』は『日本沈没』に相当するのだが、惑星まるごと移動の大業に至る政治的背景にはなんのリアリティもない。なにしろ火星に対して執拗な攻撃をしかける地球側勢力の描写は池上遼一のマンガに出てくる謎の秘密結社レベルだし、いくら結果オーライとはいえ、「このままじゃわたしたちの火星が危ないっ」てんで大統領の命令一下、百万光年のボソンジャンプ(じゃないって)決めちゃうんのはね。
若くして火星大統領にまで登りつめた女性の回顧録って体裁なんだけど、物語の前半は、不器用で脳天気なラブストーリーが大部分を占める。まあ『軌道通信』(ジョン・バーンズ)並みのキュートさを望むのは無理としても、これではかわいげがなさすぎ。しかも、その恋愛話が後半の大風呂敷に有機的につながってるかと言えば全然そんなことはなかったり。未来社会のディテールやテクノロジー描写にはそれなりの魅力があるものの、肝心の大ネタの処理がこのありさまでは評価する気にもならない。もっとも絶賛派が多数存在することも事実だから、あとは自分の目でたしかめてもらうしか。まあ全然つまんないわけじゃないので、読んでも無駄じゃないでしょう。ゴミだけど。
国内SFでは、1ヶ月遅れの紹介になりますが、〈バウンティハンター・ローズ〉シリーズ第二弾、『火炎の鞭』が収穫。第一回ソノラマ文庫大賞佳作入選の『電撃の守護天使』でデビューした巌宏士の二作目で、今回ローズが立ち向かう相手は、軌道エレベーターの破壊を企むテロリストたち。展開としては「ダイ・ハード」だけど、破壊のスケールは往年のダーティ・ペア並み(笑)。アクションアクションまたアクションって感じの前作にくらべると緩急のチェンジオブペースが導入され、小説的にも楽しめる。前作同様、近未来ハードSF的な道具立てにも事欠かず、なんでもありのヤングアダルト系スペオペアクションとは一線を画す。ちなみに野尻抱介ホームページの伝言板(http://www13.pair.com/ktsoft/bh2/h-nojiri/brd01.htm)では、この作品の評価をめぐって、野尻vs巌宏士本人の丁々発止の論戦(?)が展開されてて、こちらも一見の価値あり。
さて、今月最後の一冊は、椎名誠の自伝小説シリーズ最新作の『本の雑誌血風録』。おなじみのエピソードも多い時代(70年10月〜79年12月)が背景ですが、個人的に面白かったのは、SF夏の時代%鮪桙フ思い出話と現在(95年)のSF状況に対する考察が語られる第一部で、ここはSF者必読。サブテキストは当然、『本の雑誌』97年3月号とここしばらくのSFマガジンね。いやはやまったく、世の中なにがあるかわかりません。
【近況】
松山仁さんの会社に特殊メイクしてもらいました。結果は小説すばる7月号を見てね。
●火星転移(小野田和子訳、ハヤカワ文庫SF)【今月の海外SF】
●炎の鞭(ソノラマ文庫)【今月の国産SF】
●本の雑誌血風録(朝日新聞社)【今月の夏の時代=z